Archive for 12 January 2006

12 January

Peter and Wendy 『ピーターとウェンディ』読解メモ 57


 "Oh dear," said the nice Wendy, "I don't mean a kiss, I mean a thimble."
 "What's that?"
 "It's like this." She kissed him.
 "Funny!" said Peter gravely. "Now shall I give you a thimble?"
 "If you wish to," said Wendy, keeping her head erect this time.
Peter thimbled her, and almost immediately she screeched. "What is it, Wendy?"
 "It was exactly as if someone were pulling my hair."
 "That must have been Tink. I never knew her so naughty before."
 And indeed Tink was darting about again, using offensive language.
 "She says she will do that to you, Wendy, every time I give you a thimble."
 "But why?"
 "Why, Tink?"
 Again Tink replied, "You silly ass." Peter could not understand why, but Wendy understood, and she was just slightly disappointed when he admitted that he came to the nursery window not to see her but to listen to stories.
 "You see, I don't know any stories. None of the lost boys knows any stories."
 "How perfectly awful," Wendy said.
 "Do you know," Peter asked "why swallows build in the eaves of houses? It is to listen to the stories. O Wendy, your mother was telling you such a lovely story."
 "Which story was it?"
 "About the prince who couldn't find the lady who wore the glass slipper."
 "Peter," said Wendy excitedly, "that was Cinderella, and he found her, and they lived happily ever after."

 「あら、間違えちゃった。」ウェンディは機転を効かせて言いました。「キスじゃなくて、指貫と言うつもりだったのよ。」
 「指貫って何だい?」
 「これよ。」ウェンディはピーターにキスを与えました。
 「面白いね。」ピーターは真面目な顔で言いました。「じゃあ、今度は僕が指貫をあげようか。」
 「あなたがそうしたければ、」ウェンディは、今度は首を傾けることなく言いました。ピーターはウェンディに指貫を与えました。すぐさまウェンディは叫び声をあげました。「どうしたんだい、ウェンディ。」
 「誰かが、私の神を引っ張ったみたいなの。」
 「それはティンクに違いない。こんな、やんちゃなことをしたことはなかったのに。」
 本当にティンクがあたりを飛び回っていました。何かひどいことを言っています。
 「ウェンディ、ティンクはね、僕が君に指貫をあげたら、また同じことをするって言ってるよ。」
 「でも、どうして?」
 「なぜだい、ティンク。」
 さっきと同じように、ティンクが答えました。「この、まぬけ。」ピーターには、どうしてティンクがこんな態度をとるのか分かりませんでした。けれどもウェンディには、分かっていました。そしてウェンディは、ピーターが子供部屋の窓のところにやって来たのは、ウェンディに会いに来たのではなくてお話を聞くためだったのだと聞いて、ちょっとがっかりしました。
 「僕はお話なんて一つも知らないんだ。ロスト・ボーイズの子達も、一つも知らないんだ。」
 「何て可哀想。」
 「どうしてツバメが軒先に巣を作るのか、知ってるかい?」ピーターは尋ねました。「それはお話を聞くためなんだ。ウェンディ、君のお母さんはすごく面白そうなお話をしていたね。」
 「どのお話?」
 「ガラスの靴を履いていた娘を見つけることが出来なかった王子様のお話さ。」
 「ピーター、それはシンデレラよ。王子様は娘を見つけることが出来て、長いこと、幸せにくらしました。」ウェンディは大きな声をあげて言いました。

 ピーターは“キス”という言葉を知らない。ピーターはウェンディがキスをしてあげる、と言うと、何か品物でも手渡してもらうものと勘違いして、手を差し出すのである。ウェンディは彼の気持ちを傷つけることのないように、“キス”と偽って、持っていた“指貫”を渡してやらなければならない。こうしてこの物語の中では、キスと指貫の意味転換が行われる。ピーターとウェンディの意識の重なり部分においては、キスが指貫であり、指貫がキスであるという可能世界の一つが開けていることになる。物理的実在を、意識の重合部分の示す様相の一つとして理解するこのような感覚は、実はピーターのような純観念的存在の微妙な能力を理解する際には、欠かせないものである筈なのだ。
 さらにピーターはお話を全く知らないという。この条件により、彼が対生成の片割れであることが後に判明する。教養と感性の持ち主であることを証明するのが、面白いお話を語ることができる能力なのである。

用語メモ
 thimble(指貫):日本のお裁縫で使う指貫は輪の形をしているが、ヨーロッパの指貫は、お椀のような形をしている。ヨーロッパの一寸法師“親指トム”(Tom Thumb)は、お椀の船ではなく、指貫の中に入っている。




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