Archive for 27 January 2006

27 January

Peter and Wendy 『ピーターとウェンディ』読解メモ 72


 "He was Blackbeard's bo'sun," John whispered huskily. "He is the worst of them all. He is the only man of whom Barbecue was afraid."
 "That's him," said Peter.
 "What is he like? Is he big?"
 "He is not so big as he was."
 "How do you mean?"
 "I cut off a bit of him."
 "You!"
 "Yes, me," said Peter sharply.
 "I wasn't meaning to be disrespectful."
 "Oh, all right."
 "But, I say, what bit?"
 "His right hand."
 "Then he can't fight now?"
 "Oh, can't he just!"
 "Left-hander?"
 "He has an iron hook instead of a right hand, and he claws with it."
 "Claws!"
 "I say, John," said Peter.
 "Yes."
 "Say, 'Ay, ay, sir.'"
 "Ay, ay, sir."
 "There is one thing," Peter continued, "that every boy who serves under me has to promise, and so must you."
John paled.
 "It is this, if we meet Hook in open fight, you must leave him to me."
 "I promise," John said loyally.

 「フックは、黒髭船長の水夫長だった男だ。」ジョンはかすれた声でつぶやきました。「並みいる海賊の中でも、一番凶悪な奴だ。バーベキュー船長が怖れた、唯一の人物だ。」
 「その通り。」ピーターが言いました。
 「フックって、どんな姿をしているの?体は大きい?」
 「今はもう、昔ほど大きくはないな。」
 「それって、どういうこと?」
 「僕がちょっと切り落としてやったからな。」
 「君がかい?」
 「そうさ、僕がさ。」ピーターはちょっと厳しい声で言いました。
 「いや、別に疑った訳じゃないんだ。」
 「それならいいさ。」
 「でも、ちょっとって、どの位?」
 「右手をね。」
 「じゃあ、もう戦えないんだ。」
 「全然。平気なのさ。」
 「左利きなの?」
 「右手のかわりに、鉄の鉤爪を付けたんだ。それで、突き刺すんだ。」
 「突き刺す!」
 「あのね、ジョン。」
 「うん。」
 「“うん”じゃなくて、“承知しました”と言うんだ。」
 「承知しました。」
 「僕の手下になる者はみんな、誓ってくれなきゃならないことが、一つある。」ピーターは言葉を続けました。「君も同じだ。」
 ジョンの顔色が青くなりました。
 「誓いというのは、これだ。誰も勝手にフックと戦ってはならない。フックの相手をしていいのは、この僕だけだ。」
 「誓います。」ジョンはいかにも忠実に答えました。

 ピーターは、フックとの抗争の中で、彼の片腕を切り落としてしまっている。子供達の価値基準の中では、残虐な行為を様々に行った経験を有していることは、賞賛すべき“恰好いい”ことの条件の一つである。ピーターはあらゆる点で“恰好いい”人物として、子供達の価値観における理想像を形成している。しかしピーターは、フックの腕を切り落としたことしか記憶に無いが、実はこのピーター自身が、かつてはフックという存在の一部であった筈なのである。
 ピーターに片腕を切り落とされたフックは、新たに鉤爪を装着し“フック”という格別の呼称を我が物にするが、この事実は彼が影を分離してしまった存在であることを宣言するものでもある。

用語メモ
 bo'sun:“boat swain”(水夫長)を略した、水夫仲間で用いる呼称である。このような怪しい業界内の符牒を使いこなせることが、子供の世界の“恰好よさ”を判定する重要な条件となる。"Ay, ay, sir."も同様である。そしてこれらが暗示する行動が、世間の親達やPTAなどに目を剥かせるような、凶悪至極なものであれば、もう最高なのである。


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