Archive for 30 January 2006

30 January

Peter and Wendy 『ピーターとウェンディ』読解メモ 75


 When at last the heavens were steady again, John and Michael found themselves alone in the darkness. John was treading the air mechanically, and Michael without knowing how to float was floating.
 "Are you shot?" John whispered tremulously.
 "I haven't tried yet," Michael whispered back.
 We know now that no one had been hit. Peter, however, had been carried by the wind of the shot far out to sea, while Wendy was blown upwards with no companion but Tinker Bell.
 It would have been well for Wendy if at that moment she had dropped the hat.
 I don't know whether the idea came suddenly to Tink, or whether she had planned it on the way, but she at once popped out of the hat and began to lure Wendy to her destruction.
 Tink was not all bad; or, rather, she was all bad just now, but, on the other hand, sometimes she was all good. Fairies have to be one thing or the other, because being so small they unfortunately have room for one feeling only at a time. They are, however, allowed to change, only it must be a complete change. At present she was full of jealousy of Wendy. What she said in her lovely tinkle Wendy could not of course understand, and I believe some of it was bad words, but it sounded kind, and she flew back and forward, plainly meaning "Follow me, and all will be well."
 What else could poor Wendy do? She called to Peter and John and Michael, and got only mocking echoes in reply. She did not yet know that Tink hated her with the fierce hatred of a very woman. And so, bewildered, and now staggering in her flight, she followed Tink to her doom.

 辺りがようやくまた静けさを取り戻した時、ジョンとマイケルは自分達が暗闇の中で二人きりになっているのに気が付きました。ジョンはそうと意識することなく飛び続け、マイケルもどうしたら浮かんでいられるかを知らないまま、宙に浮かんでいました。
 「撃たれたのかい?」ジョンは震える声で尋ねました。
 「まだ試してみてない。」マイケルがささやき返しました。
 誰も大砲の玉に当たっていないことが、今分かりました。けれどもピーターは、弾丸の引き起こした風のために、遠く海の方まで吹き飛ばされていました。そしてウェンディは、ティンカー・ベルと一緒に上の方に飛ばされていたのです。
 その時帽子を放してしまっていたら、ウェンディにとってはその方が良かったかもしれません。
 私にはこの時ティンカー・ベルが悪巧みを考え付いたのやら、あるいはもっと以前から企みを練っていたのやら分かりません。でもティンカー・ベルは、すぐさま帽子から飛び出すと、ウェンディを破滅に導こうと策略を弄したのです。
 ティンクは、腹の底から邪悪である訳ではありません。むしろ、この時ばかりは心底悪かったと言った方が近いでしょう。ですから、しばしば心底善良である時もあったのです。妖精というものは邪悪か、善良か、どちらかでいるしかないのです。何故かと言うとあまりにも体が小さいので、残念なことに、一度にもう一つの別の感覚なんて抱くだけの余裕がないのです。けれども、妖精達は、その性分を変えることはできます。そしてその時は、そっくり完全に入れ替わってしまうのです。丁度今は、ティンクはウェンディに対する嫉妬の気持ちで一杯でした。勿論ウェンディは、ティンクが愛らしい鈴の音のような声で言ったことを理解することはできはしませんでした。そしてその言葉のいくつかは、とても悪い言葉であったに違いありません。でもティンクの言葉は、みんな優しい言葉のように耳に響きました。そして前に後ろに飛ぶその様子は、「私の後に付いて来て。そうしたら、大丈夫よ。」と語っている筈でした。
 ウェンディには、他にどうしようがあったことでしょう?ウェンディは、ピーターとジョンとマイケルの名を呼んでみました。けれども、嘲るような木霊が響くばかりでした。ウェンディはまだ、ティンクが自分に対して、いかにも女らしい恐ろしい害意を抱いていることを知りませんでした。ですから、まだ呆然としてよろめきながら、ウェンディはティンクの後に続き、恐ろしい運命へと向かって行ったのです。

 このあたりの記述における話者の態度は、この物語の仮構作品としての位相を判断する上で、ことさら興味深いものとなっている。作者はここでは、物語に描かれたことの全てを知っている訳ではない、制約された知識と権能の持ち主として振る舞っているのである。そしてまた、後にはこの作者は、物語世界の進行を思いのままに操る権限を持つ、作中における全能の存在者としても振る舞う。ダーリング夫人を媒介として現出するこの作者の位相の変化が、『ピーターとウェンディ』の人格崩壊の主題に対する脱構築的変奏として見事に機能することになる。
 この場面における妖精の描き方は、19世紀以降におけるロマン主義思想の採用した、人間の相補的存在としての抽象性の強い妖精像よりも、民間伝承において語り継がれてきた、土俗的な妖精像に近いものになっている。
 作品世界中において語られた妖精像の偏差と、この物語において「妖精」という範疇に含められることなく別個に描かれている他の特有の存在物達の示す位相の対照が、独特のアンチ・ファンタシーとしての条件を際立たせることとなっている。

用語メモ
 alone:“一人きり”ではなく、“二人だけ”の場合にも“alone”は用いられる。




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