Archive for 17 November 2005

17 November

Peter and Wendy 『ピーターとウェンディ』読解メモ 1


All children, except one, grow up. They soon know that they will grow up, and the way Wendy knew was this. One day when she was two years old she was playing in a garden, and she plucked another flower and ran with it to her mother. I suppose she must have looked rather delightful, for Mrs. Darling put her hand to her heart and cried, "Oh, why can't you remain like this for ever!" This was all that passed between them on the subject, but henceforth Wendy knew that she must grow up. You always know after you are two. Two is the beginning of the end.

 子供というものは、一人を除いて、みんな大きくなってしまうものです。誰もがまもなく、自分が大きくなってしまうことに気が付きます。ウエンディの場合は、こんな風にしてでした。ある日ウェンディが2歳の頃、彼女はお庭で遊んでいたのです。もう一本花を折って、お母さんのところへ駆け寄りました。その姿はとても嬉しそうに見えたのでしょう、お母さんは手を胸の上に当てると、叫んだのです。「どうしてあなたは、いつまでもこのままでいることができないんでしょうね。」この問題についてこれ以上彼等の間に会話が交わされることはありませんでした。けれどもその時以来、ウェンディは自分が大きくならなければならないことを知ったのです。2歳になってしまった後では、みんな気付いてしまうのです。2歳というのが、お終いの始まりなのです。

 誰もが避けることの出来ない刻印として与えられている、成長して大人になるという宿命と、唯一この運命的な呪縛から解放されたものに与えられているさらに苛烈な悲劇が、物語の冒頭にさりげなく暗示されている。それは作者自身の肉声として語られているのである。

用語メモ
 “I suppose...”:作者の記述の言葉に「私」という単語が用いられている。作者は作品中の一人の人格として推測を行ったり、読者に語りかけたり、物語る作品の内容を操作する身振りを示しさえする。Peter and Wendyにおいては、作者が一人称の語り手として姿を現すばかりでなく、ストーリーの進行と作中人物に対する積極的な関与をも示す機構が、緻密な計算に基づいて導入されているのである。この作者の役割が、この作品の潜伏した主題である「影の生成と人格の分裂」という奇想と巧みな協和を奏でることになる。


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