Archive for 14 February 2006

14 February

Peter and Wendy 『ピーターとウェンディ』読解メモ 90


 He moved slowly away.
 "Don't go," they called in pity.
 "I must," he answered, shaking; "I am so afraid of Peter."
 It was at this tragic moment that they heard a sound which made the heart of every one of them rise to his mouth. They heard Peter crow.
 "Peter!" they cried, for it was always thus that he signalled his return.
 "Hide her," they whispered, and gathered hastily around Wendy. But Tootles stood aloof.
 Again came that ringing crow, and Peter dropped in front of them. "Greetings, boys," he cried, and mechanically they saluted, and then again was silence.
 He frowned.
 "I am back," he said hotly, "why do you not cheer?"
 They opened their mouths, but the cheers would not come. He overlooked it in his haste to tell the glorious tidings.
 "Great news, boys," he cried, "I have brought at last a mother for you all."
 Still no sound, except a little thud from Tootles as he dropped on his knees.
 "Have you not seen her?" asked Peter, becoming troubled. "She flew this way."
 "Ah me!" one voice said, and another said, "Oh, mournful day."
 Tootles rose. "Peter," he said quietly, "I will show her to you," and when the others would still have hidden her he said, "Back, twins, let Peter see."
 So they all stood back, and let him see, and after he had looked for a little time he did not know what to do next.
 "She is dead," he said uncomfortably. "Perhaps she is frightened at being dead."
 He thought of hopping off in a comic sort of way till he was out of sight of her, and then never going near the spot any more. They would all have been glad to follow if he had done this.

 トゥートゥルズは、ゆっくりと立ち去り始めました。
 「行っちゃだめだ。」子供達は、可哀想になって叫びました。
 「行くしかない。」トゥートゥルズは、震えながら答えました。「僕は、ピーターが怖い。」
 みんなが悲愴な思いに沈んだこの時でした。誰しもが、心臓が喉元まで飛び出すような物音が響き渡りました。ピーターの笑い声が聞こえたのです。
 「ピーターが帰って来た!」子供達は叫びました。ピーターは、いつもこうして、自分が帰って来たことを彼等に知らせるのでした。
 「女の子を隠せ。」子供達はささやき合って、あわててウェンディの体の周りを取り囲みました。けれどもトゥートゥルズだけは、一人で立っていました。
 再び、轟き渡るような笑い声が聞こえました。そして、ピーターが子供達の目の前に降りてきました。「帰ったよ、みんな。」ピーターが言いました。子供達は、いつも通りのお辞儀をしましたが、また黙り込みました。
 ピーターは、頬を膨らませました。
 「僕が帰って来たんだよ。」気持ちを昂らせて言いました。「どうして歓声をあげないんだ。」
 子供達は、口を開けました。でも、歓声は出て来ませんでした。ピーターは、素晴らしい知らせを告げるのに気が急いて、それには気が付きませんでした。
 「すごい知らせだぞ、みんな。」ピーターが叫びました。「ようやく、君たちみんなのお母さんを連れて来たんだ。」
 何の返答も聞こえません。トゥートゥルズが膝を地面に落とした、小さな物音が聞こえただけでした。
 「お母さんを見なかったかい?」ピーターが聞きました。何かおかしい、と感じたようでした。「こっちに飛んで来たんだけど。」
 「何てこった!」誰かが叫びました。「やれやれ!」他の誰かが言いました。
 トゥートゥルズが立ち上がりました。「ピーター、」静かな声で言いました。「お母さんは、ここだ。」他の少年達が、まだウェンディの姿を隠そうとするのを見て、トゥートゥルズが続けました。「双子達、どいてくれ。ピーターに見せてやってくれ。」
 そこで子供達は、みんな後ろに下がりました。そしてピーターにウェンディを見せました。ピーターは、しばらくウェンディの姿を見ていましたが、どうしたら良いか分からない様子でした。
 「死んじゃってる。」ピーターは、落ち着かなそうに言いました。「多分、死んでしまったことに怯えているんだ。」
 ピーターは、ふざけた素振りでここから立ち去って、二度と戻ってこないことにしようかと思いました。もしピーターがそうしたら、他の子供達もみんな喜んでそうしたことでしょう。

 ピーターは子供達のキャプテンではあっても、彼らの身を預かる責任感や統率の義務などは一切感じることがない。手に負えない嫌なことは、投げ出して忘れてしまおうとする。結果を顧みない身勝手さにおいては、他の子供達と異なるところは全くないのである。
 ピーターの他の子供達と異なる特質を表しているのが、ウェンディが「死んでしまったことに怯えている」と考えるところである。全てのものに対して意識の喪失と存在の消滅を嫌応無くもたらす筈の「死」という事実でさえも、ピーターにとっては「怯え」たり、「とまどったり」することの対象となる、小さな原因の一つに過ぎない。ピーターだけが保持する、日常的論理法則からの超越的存在原理の所在を暗示する、殊に興味深い箇所であると言えるだろう。

用語メモ
 crow:喉からもれ出るような、叫び声とも笑い声ともつかない無邪気な発声である。このお話においては、ピーターの独自の性格と存在性を示す、一種の記号のように用いられている。
 cheer:“わーい”という歓声である。あるいは歓声をあげて迎え入れる“礼”の素振りである。





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