Archive for 15 February 2006

15 February

Peter and Wendy 『ピーターとウェンディ』読解メモ 91


 But there was the arrow. He took it from her heart and faced his band.
 "Whose arrow?" he demanded sternly.
 "Mine, Peter," said Tootles on his knees.
 "Oh, dastard hand," Peter said, and he raised the arrow to use it as a dagger.
 Tootles did not flinch. He bared his breast. "Strike, Peter," he said firmly, "strike true."
 Twice did Peter raise the arrow, and twice did his hand fall. "I cannot strike," he said with awe, "there is something stays my hand."
 All looked at him in wonder, save Nibs, who fortunately looked at Wendy.
 "It is she," he cried, "the Wendy lady, see, her arm!"
 Wonderful to relate, Wendy had raised her arm. Nibs bent over her and listened reverently. "I think she said, 'Poor Tootles,'" he whispered.
 "She lives," Peter said briefly.
 Slightly cried instantly, "The Wendy lady lives."
 Then Peter knelt beside her and found his button. You remember she had put it on a chain that she wore round her neck.
 "See," he said, "the arrow struck against this. It is the kiss I gave her. It has saved her life."
 "I remember kisses," Slightly interposed quickly, "let me see it. Ay, that's a kiss."
 Peter did not hear him. He was begging Wendy to get better quickly, so that he could show her the mermaids. Of course she could not answer yet, being still in a frightful faint; but from overhead came a wailing note.

 けれども矢を無視することは、できませんでした。ピーターはウェンディの心臓から矢を抜き取ると、手下の少年達の方に向き直りました。
 「これは、誰の矢だ?」ピーターは、厳しい口調で尋ねました。
 「僕のだ。ピーター。」トゥートルズが、跪いたまま答えました。
 「何と卑劣な行いだ。」ピーターは言って、短剣のように矢を振り上げました。
 トゥートゥルズは、怯みはしませんでした。胸を空け広げると、「突き刺せ、ピーター。仕損じるな。」しっかりとした声で言いました。
 二度、ピーターは矢をかざしましたが、二度ともまたその手を降ろしました。「突き刺すことはできない。僕を押し留めるものがあるんだ。」何かに怯えるように言いました。
 みんなが、不思議の念にかられてピーターに目を向けました。でもニブズだけは、運良くウェンディの方に目をやりました。
 「女の子だ。ウェンディだ。この子の腕を見てみろ。」
 驚くべきことに、ウェンディが腕をあげていたのです。ニブズがウェンディの体の上にかがみ込んで、うやうやしく耳を傾けました。「ウェンディは、『トゥートルズ、可哀想。』って言ってるみたいだ。」
 「ウェンディは、生きている。」ピーターは、これだけ言いました。
 すぐさま、スライトリーが叫びました。「ウェンディは、生きてるぞ。」
 ピーターは、ウェンディのかたわらにひざまずくと、彼があげたボタンを見つけました。ウェンディが鎖に付けて首にかけていた、あのどんぐりのボタンです。
 「見ろ、矢はこのボタンに当たっていたんだ。」ピーターが言いました。「これは、僕がウェンディにあげたキスだ。このお陰で、ウェンディは助かったんだ。」
 「キスなら、僕も知ってるぞ。」スライトリーが、素早く口を挟みました。「どれどれ。うん、確かにキスに違いない。」
 ピーターは、聞いてなんかいませんでした。ピーターは、ウェンディに早く元気になるようにせがんでいるのでした。ウェンディに人魚を見せてあげたいからです。勿論、ウェンディはまだ返事をすることができませんでした。恐怖のあまりに、気を失っていたからです。そのかわりに、上の方から泣き叫ぶような声が聞こえてきました。

 トゥートゥルズの処刑の手を踏み止まらせたのは、ピーターが自分で語る通り、特定することのできない何かの力である。ピーターは、常にこのような直感の力に導かれて、結果的に必ず正しい判断を得ることができる。彼に助力を行う未知の力は、ソクラテスのダイモニオンを思い起こさせるものである。
 さらにピーターに対してのみは、彼が与えた“キス”が防いだ矢の場合のように、偶然が総て彼にとって良い方向に作用する。あるいは、不測の事故のために死亡してしまったウェンディの運命を、因果関係の連鎖を離れて分岐した別の経路として選択し直しすことが出来るのが、ピーターの秘匿された能力であるとも考えることができる。彼だけの特権的恩恵の偏向をあからさまに描く本作品の筆致は、ピーターの体現する一種の地母神崇拝的宗教の楽観性に対して、揶揄的なスタンスを示すものとも解釈することができる。

用語メモ
 dastard hand:dastardは“卑怯者”、“卑劣感”。“hand”は“手を下したもの”、“下手人”ほどの意味か。





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