Archive for 18 May 2006

18 May

Peter and Wendy 『ピーターとウェンディ』読解メモ 183


 Very frightful was it to see the change that came over him. It was as if he had been clipped at every joint. He fell in a little heap.
 The sound came steadily nearer; and in advance of it came this ghastly thought, "The crocodile is about to board the ship!"
 Even the iron claw hung inactive; as if knowing that it was no intrinsic part of what the attacking force wanted. Left so fearfully alone, any other man would have lain with his eyes shut where he fell: but the gigantic brain of Hook was still working, and under its guidance he crawled on the knees along the deck as far from the sound as he could go. The pirates respectfully cleared a passage for him, and it was only when he brought up against the bulwarks that he spoke.
 "Hide me!" he cried hoarsely.
 They gathered round him, all eyes averted from the thing that was coming aboard. They had no thought of fighting it. It was Fate.
 Only when Hook was hidden from them did curiosity loosen the limbs of the boys so that they could rush to the ship's side to see the crocodile climbing it. Then they got the strangest surprise of the Night of Nights; for it was no crocodile that was coming to their aid. It was Peter.
 He signed to them not to give vent to any cry of admiration that might rouse suspicion. Then he went on ticking.

 フックの上に訪れた変化を目の当たりにすることは、実に恐ろしいことであった。あたかも体中の関節の全てが抜け落ちたかのようであった。フックはくずおれて小さな塊になった。
 時計の音は着実に忍び寄ってきた。「鰐は船に乗り込もうとしている!」という無気味な考えが、その音の先触れとなっていた。
 鉄の鉤爪さえもが、勢いを無くして垂れ下がった。あたかも、これが押し寄せる力が求めているものの内在的な部分ではないことを、知っているかの様であった。これほどまでに一人きりになってしまっては、他の者なら倒れ伏したところでそのまま両目を閉じてしまったことだろう。しかしフックの巨大な脳は、まだ活動を続けていた。そしてその指図するところに従って、フックは跪いたまま甲板を這って、時計の音からできる限り離れたところまで逃れた。海賊達は、恭しくフックのために道を空けた。そして次にフックが言葉を発したのは、ようやく舷墻のところにたどり着いてからだった。
 「俺の体を隠してくれ。」かすれた声でフックは叫んだ。
 海賊達は、フックの周囲を取り囲んだ。誰もが、甲板に迫り来るものから目をそらしていた。これと戦おうなどと考える者はいなかった。来りつつあるものは運命そのものであった。
 フックの姿が見えなくなった時、ようやく好奇心が子供達の手足から緊張を解きほぐし、彼等は昇って来る鰐の姿を見ようと、舷側に走り寄った。その時彼等は、運命の晩の提供した最も不可思議な驚異を目にしたのであった。彼等を助けにやって来たものは、鰐ではなかったからである。それはピーターだった。
 ピーターは子供達に、身振りで感嘆の叫びを控えるように合図した。海賊達の疑念をかき立てないようにするためである。そしてまた、ピーターは時計の音を立て続けた。

 ピーターによって切り落とされた右腕の代りに自身の考案の鉤爪を装着し、切り落とされた右腕を呑み込んだ鰐によって常に追跡されるものとしてその特質を勝ち得ていたフックという存在が、その自己同一性を遂に喪失しようとしている場面に瀕していることが伺われる。これは実はピーターが、ウェンディ達ダーリング家の子供達をネヴァランドに呼び寄せてしまった行為の、因果関係的帰結なのである。

用語メモ
 intrinsic:“内在的な”と訳される。本来そのものの裡に属すべき同質の存在属性を示す言葉である。フックの名を示し、フックという存在の象徴たるべき彼の鉤爪が、フックの本体とは別物の付加的な器物として分離せしめられようとしている。これからフックという人格あるいは記号の解体、あるいは意味性収奪が行われようとしているかのごとくである。そしてその影響を被るのは、当然ながらフックのみではない。




◆和洋女子大学公開講座のお知らせ
 作品講読「ピーターとウェンディ」(Peter and Wendy)を読む

◇  教室が決まりました。西館の3Fにある第2コンピュータ室で開催の予定です。コンピュータの使い方をご存じの方は、当日お伝えするユーザー名とパスワードを用いてログインし、インターネットに接続することができます。“Daily Lecture”等の公開中のファイルを開いて、講座のテキストとして御覧になれます。ワードを起動して自分でメモ等を作成することもできます。データ保存のためのフロッピー・ディスクあるいはフラッシュメディアをご持参下さい。
 この機会にコンピュータやインターネットを試してみたいという方は、早めにお出で下されば使い方の説明を致します。

◇第1回目が連休の最中という、大変な日程で組まれていることが分かりました。初回欠席でも、受講には差し障りありません。2回目以降好きな時に出席して頂いて結構です。講座は4回連続ですが、毎回の講義内容は、その場の状況に合わせて随時工夫していく予定ですので、出席は単発でも構わないのです。当日の受講受付もできます。
 コンピュータの利用に親しんでいる方は、テキストを購入しなくても教室でインターネットに繋いで、物語の本文を参照することができます。コンピュータに不馴れな方のためには、書物のテキストを用意してあります。講座は2時から開始ですが、1時頃には講師は来ておりますので、質疑応答等行えます。
 あらかじめ、物語のどの部分を読んでみたいか、あるいはこのお話の解釈について疑問を感じる点等を用意しておいて頂ければ、これに対する解説として講義を行って行きます。
 対訳を作成してありますので、翻訳上の疑問点等をご指摘頂ければ、「意訳」の工夫などを話題にすることもできます。

5月の毎週土曜日:5月6日、5月13日、5月20日、5月27日の4回、
2時から開催です。

連絡先:和洋女子大学 渉外課  047-371-1473

◇内容
 “ピーター・パン”の物語として有名な、『ピーターとウェンディ』を原文で読みます。実はあまり良く知られていない原作の哲学的な主題を、英語表現の鑑賞に気を配りながら読みとって行きます。4回という限られた回数で作品の全体像を把握するために、読解上の注釈を施したテキストを用意しました。インターネットで公開中の対訳とメモを活用し、質疑応答を通して要点を押さえながら、読解の作業を進めていきたいと思います。
 主題としては、意識内世界としてのネバーランドという場所、個人の内面心理を形成する疑似人格的要素としてのピーターとフックという人物像等について考察することにより、“世界”と“自己”という概念に対する再検証のあり方を試みるつもりです。これがファンタシー文学一般の中心的主題と考えられるものなのです。
 (インターネットの利用、コンピュータの操作等ができなくとも、受講には差し支えありません。)



◆「ミクシィ」でコミュニティ「アンチ・ファンタシー」を開設しました。
◇「最後のユニコーン」に関するSue Matheson氏の論文の解説等を行っています。
◇アニメーション版「最後のユニコーン」における視覚表現についての解説を公開中です。
◇ピーター・ビーグルに関する書誌データを公開中です。
◇18年度開講中の各講座のトピックを開設しました。
 受講生以外の外部の方も御覧になれます。

http://mixi.jp/view_community.pl?id=427647

参加希望の方は、以下のアドレスにご連絡下さい。招待メールをお送りします。

kuroda@wayo.ac.jp



◆メインページurl http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/

◇論文、“アンチ・ファンタシーというファンタシーII:ユニバーサル、ユニコーン―『最後のユニコーン』におけるユニコーンの存在論的指標”を新規公開中
http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/anti/universal.htm

◇論文、“アンチ・ファンタシーというファンタシー(15):レッド・ブル―無知と盲目の影”を新規公開
http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/anti/shadow.htm





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