Archive for 11 June 2006

11 June

Peter and Wendy 『ピーターとウェンディ』読解メモ 207


 Now I understand what had hitherto puzzled me, why when Peter had exterminated the pirates he did not return to the island and leave Tink to escort the children to the mainland. This trick had been in his head all the time.
 Instead of feeling that he was behaving badly he danced with glee; then he peeped into the day-nursery to see who was playing. He whispered to Tink, "It's Wendy's mother! She is a pretty lady, but not so pretty as my mother. Her mouth is full of thimbles, but not so full as my mother's was."
 Of course he knew nothing whatever about his mother; but he sometimes bragged about her.
 He did not know the tune, which was "Home, Sweet Home," but he knew it was saying, "Come back, Wendy, Wendy, Wendy"; and he cried exultantly, "You will never see Wendy again, lady, for the window is barred!"
 He peeped in again to see why the music had stopped, and now he saw that Mrs. Darling had laid her head on the box, and that two tears were sitting on her eyes.
 "She wants me to unbar the window," thought Peter, "but I won't, not I!"
 He peeped again, and the tears were still there, or another two had taken their place.
 "She's awfully fond of Wendy," he said to himself. He was angry with her now for not seeing why she could not have Wendy.
 The reason was so simple: "I'm fond of her too. We can't both have her, lady."

 これで、これまで気に掛かっていたことの謎が解けた。ピーターが海賊達を滅ぼした時、どうしてティンクに本国までの道案内を頼んで、自分は島に戻っていかなかったのかだ。ずっとこの計画が、彼の頭の中にあったのだ。
 自分が汚いことをしているなどとは毛程も感じることなく、ピーター喜びに身を躍らせていた。それからピーターは子供部屋の中を覗き込み、ピアノを弾いているのは誰かを見てみた。ピーターはティンクに囁いた。「あれは、ウェンディのお母さんだ。奇麗な人だ。でも、僕のお母さんほど奇麗じゃない。あの人の口許には、指貫がいっぱいある。でも僕のお母さんの方が、もっとあった。」
 勿論、ピーターは自分のお母さんのことなど、全く何も知っていなかった。しかし時折ピーターは、自分のお母さんのことを自慢することがあった。
 ピーターは、ダーリング夫人が弾いている曲が何だか知らなかった。それは「愛しの故国」だった。しかしピーターには、この曲が「ウェンディ、帰って来て。お願いだから戻って来て。」と言っているのが分かった。ピーターは、有頂天になって言った。「おばさん、ウェンディには、二度と会うことはできないよ。窓は閉めてあるんだ。」
 それからピーターは、どうしてピアノの音が止んだのか、もう一度覗いて確かめてみた。すると、ダーリング夫人がピアノの蓋の上に頭を乗せているのが見えた。そしてダーリング夫人の目には、二つの大きな涙の滴が浮かんでいた。
 「この人は、僕に窓を開けて欲しいんだ。」ピーターは思った。「でも絶対に開けてやらないぞ。」
 もう一度覗いてみた。涙はまだ目の上に溢れていた。あるいは、又新しく浮かび上がっていたのかもしれない。
 「この人は、ウェンディのことが本当に大好きなんだ。」ピーターは思った。ピーターは、ダーリング夫人のことを腹立たしく思った。もうウェンディを取り戻すことができないことを、どうしても分かろうとしないのだ。
 その訳は、簡単なことだった。「ぼくも同じように、ウェンディのことが好きないんだ。両方がウェンディを手に入れることは、できないんだよ。」

 ここでも、作品世界を創出し物語る作者と、作品世界で生起する事件の傍観者に過ぎない一登場人物としての作者の、両面の姿が語られている。そこには実は、宇宙に漲って存在する全体性の意識そのものの、自我の分裂と解体の様相が暗示されているのである。
 ダーリング夫人の弾くピアノの音色と、彼女の目に浮かんだ涙を、ピーターは独自の言葉として翻訳し、その意味するところを正しく理解することができる。これはかつて神の声を心中に聞くことが出来ていた、古代の人々の保持していた霊妙な感応力と同様のものだ。しかしピーターは、この力を発揮することによって世界の運行を正しい方向へと導き、自身と周囲のもの達の安寧をもたらすために用いることは、決してないのである。

用語メモ
 thimble(指貫):ピーターは“キス”という言葉を知らなかったので、ウェンディに教えられた通り、キスを“指貫”と呼んでいる。ピーターの目には確かにキスは見えるが、その意味するものとそれを呼ぶ本当の言葉の内実は、彼の理解の枠外にある。




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