Archive for 09 June 2006

09 June

Peter and Wendy 『ピーターとウェンディ』読解メモ 205


 It is a pity we did it, for she has started up, calling their names; and there is no one in the room but Nana.
 "O Nana, I dreamt my dear ones had come back."
 Nana had filmy eyes, but all she could do was put her paw gently on her mistress's lap; and they were sitting together thus when the kennel was brought back. As Mr. Darling puts his head out to kiss his wife, we see that his face is more worn than of yore, but has a softer expression.
 He gave his hat to Liza, who took it scornfully; for she had no imagination, and was quite incapable of understanding the motives of such a man. Outside, the crowd who had accompanied the cab home were still cheering, and he was naturally not unmoved.
 "Listen to them," he said; "it is very gratifying."
 "Lots of little boys," sneered Liza.
 "There were several adults to-day," he assured her with a faint flush; but when she tossed her head he had not a word of reproof for her. Social success had not spoilt him; it had made him sweeter. For some time he sat with his head out of the kennel, talking with Mrs. Darling of this success, and pressing her hand reassuringly when she said she hoped his head would not be turned by it.
 "But if I had been a weak man," he said. "Good heavens, if I had been a weak man!"
 "And, George," she said timidly, "you are as full of remorse as ever, aren't you?"
 "Full of remorse as ever, dearest! See my punishment: living in a kennel."
 "But it is punishment, isn't it, George? You are sure you are not enjoying it?"
 "My love!"

 言ってしまったのは、やはりまずかった。ダーリング夫人は突然目を覚まして、子供達の名を呼び始めた。だが、部屋の中にいるのはナナだけだ。
 「ああ、ナナ。夢の中で子供達が帰って来たのよ。」
 ナナは、目に涙を潤ませていた。しかしナナに出来ることはといえば、優しく前足をダーリング夫人の膝の上に乗せてあげることくらいしかない。こんな風に二人で座り込んでいるところに、犬小屋が運び込まれてきたのだった。ダーリング氏が、妻に口付けするために首を伸ばしたところを見てみると、彼の顔付きは以前よりやつれていることが分かる。そして表情も優し気なものになっている。
 ダーリング氏は帽子をリザに預け、リザは馬鹿にしたような顔をしてその帽子を受け取った。この娘には想像力のかけらもなく、ご主人の心の裡など窺い知ることもない。家の外では、戻って来る辻馬車に付いて来た人々がまだ囃し立てていた。当然、ダーリング氏も心を動かされない訳にはいかない。
 「あの声を聞いてごらんよ。何だか嬉しくなってしまうね。」ダーリング氏は言った。
 「子供達ばかりでしょ。」せせら笑うように、リザが言った。
 「今日は、大人も幾人かいたんだよ。」ダーリング氏は、少し顔を赤らめながら言った。しかしリザがつんと頭を聳やかすと、ダーリング氏にはもう言い返す言葉も出てこなかった。社会的な成功が彼を駄目にした訳ではなかった。むしろ人気者になったお陰で、ダーリング氏は心優しい人になっていた。ダーリング氏は、暫くの間頭を犬小屋の外に出して、彼の勝ち取った成功について妻と語り合った。ダーリング夫人が、社交界の花形になったからといっていい気にならないように、と注意すると、彼は妻の手を握り締めて答えたのであった。
 「でもね、もしも僕がもっと心の弱い人間だったなら、いや全く、誘惑に屈するような人間だったならね。」
 「でもね、ジョージ、」ダーリング夫人は、少しためらいながら言った。「まだ以前と同じように、悔やんでらっしゃるんでしょう?」
 「そりゃあそうさ。全く変わることなく、悔やんでいるとも。」僕の被った罰を見て御覧。犬小屋に暮らしているんだよ。」
 「でもそれは、罰のためでしょう、ジョージ?まさかこの罰が、気にいっている訳はありませんよね?」
 「なんだって、お前!」

 ダーリング夫妻のここでののやりとりから分ることは、大人達もまた、メイク・ビリーブの呪縛に捕われて日々の生活を送っているということだ。ピーターの指図の許にメイク・ビリーブのゲームを実生活の場で行ってきた子供達の暴露した現実認識の危うさは、大人達に対しても同等に指摘し得るものであった。大人も子供も、身勝手な心の投影を周囲に投げかけ、自分自身にとってのみ都合の良い個別の心象世界の中に浸りきって生きているのである。

用語メモ
 罰(punishment):自分自身を罰するために味わう苦痛である。しかし苦行を行うことが心の満足となり、これがひいては快楽の代替物ともなり得てしまうのである。心と意識を支配するこの陥穽に満ちた機構は、フックのような純粋な知性の持ち主にとっては、世界に仕組まれた常に人間の意識を幻惑する謎であった。




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