Archive for December 2005

31 December

Peter and Wendy 『ピーターとウェンディ』読解メモ 45


 Mrs. Darling quivered and went to the window. It was securely fastened. She looked out, and the night was peppered with stars. They were crowding round the house, as if curious to see what was to take place there, but she did not notice this, nor that one or two of the smaller ones winked at her. Yet a nameless fear clutched at her heart and made her cry, "Oh, how I wish that I wasn't going to a party to-night!"
 Even Michael, already half asleep, knew that she was perturbed, and he asked, "Can anything harm us, mother, after the night-lights are lit?"
 "Nothing, precious," she said; "they are the eyes a mother leaves behind her to guard her children."
 She went from bed to bed singing enchantments over them, and little Michael flung his arms round her. "Mother," he cried, "I'm glad of you." They were the last words she was to hear from him for a long time.
 No. 27 was only a few yards distant, but there had been a slight fall of snow, and Father and Mother Darling picked their way over it deftly not to soil their shoes. They were already the only persons in the street, and all the stars were watching them. Stars are beautiful, but they may not take an active part in anything, they must just look on for ever. It is a punishment put on them for something they did so long ago that no star now knows what it was. So the older ones have become glassy-eyed and seldom speak (winking is the star language), but the little ones still wonder. They are not really friendly to Peter, who had a mischievous way of stealing up behind them and trying to blow them out; but they are so fond of fun that they were on his side to-night, and anxious to get the grown-ups out of the way. So as soon as the door of 27 closed on Mr. and Mrs. Darling there was a commotion in the firmament, and the smallest of all the stars in the Milky Way screamed out:
 "Now, Peter!"

 ダーリング夫人は身震いをして、窓のところに行きました。窓はしっかりと閉められていました。お母さんは外の様子を窺いました。夜空には星が点々としていました。星達はこれから何が起こるのか気になるとでもいうかのように、家の周囲にひしめき合っていたのでした。けれどもお母さんはこのことには気付かず、小さ目の星が一つか二つお母さんの方に瞬きしているのにも気付きませんでした。けれども何かいいしれない恐怖がお母さんの心臓をわしづかみにして、お母さんは思わず叫び声をあげました。「本当に今晩は、パーティには行きたくないわ。」
 もう半ば眠りに落ちていたマイケルさえも、お母さんが不安な気持ちになっているのが分かりました。そして聞きました。「お母さん、蝋燭を灯した後でも、何か嫌なことが起こるの?」
 「そんなことはないのよ。マイケル。」お母さんは答えました。「蝋燭はね、お母さんが子供達を守るために残しておく魔法の目なのよ。」
 お母さんは子供達のベッドからベッドへと回って、魔法の呪文を唱えました。小さなマイケルは、両手を伸ばしてお母さんに抱きつきました。「お母さん、お母さんがいてくれて、嬉しい。」でも、この時以来長いこと、ダーリング夫人はマイケルの声を耳にすることができなくなってしまうのでした。
 27番地のお宅は、ほんの数ヤード離れているだけでした。でも雪が少し降っていたので、お父さんもお母さんも靴を汚さないように、気をつけて歩を進めて行きました。もう通りには、他に歩いている人の姿はありませんでした。そして全ての星達が二人の姿を眺めていました。星というものは美しいものです。けれども、星達はどんな事にも関わり合いを持とうとすることはありません。ただ離れて眺めているだけなのです。それは、遠い昔に彼等が犯してしまった過ちのために下された罰なのです。どんな恐ろしい事をしてしまったのか覚えている星は、今はもういませんけれど。ですから年取った星達は涙にうるんだ目をしていて、滅多に口をきくことはありません。(星がちかちかしているのは、会話をしているのです。)でも小さな星達は、まだ表情を示します。本当は、星達はピーターと仲が良い訳ではありません。ピーターはよくいたずらをして、星達の背後から忍び寄って、光を吹き消してしまおうとするからです。けれども星達は面白い有り様を目にするのが大好きなので、今日はピーターの味方でした。そういう訳で早く大人達にいなくなって欲しいと願っていたのです。27番地のお宅のドアが閉まり、ダーリング夫妻の姿が見えなくなると、夜空一面がさざめき立ちました。そして天の川を流れているすべての星のどんなに小さなもの達も、ピーターに呼び掛けました。
 「そら、今だよ。」

 お母さんは魔法を行使する。個人に秘められた不可思議な未知の能力を「魔法」として再評価することにより、客観的具象物と精神との間の連関を見出し、宇宙全体の統合的理解を図ろうと企図するのが、ファンタシーの基盤にある思想的特質であった。
 そのような理解の上では、かつては星達は世界の運行に重大な関わりを持っていた筈に違いない。しかし何かとんでもない間違いが世界に起こってしまったために、世界全体を支配する緊密な連帯が失われてしまっていることが示されているのである。この喪失観は、本作品において描かれたピーター自身の運命をもさりげなく予兆している。

用語メモ
 portent(予兆):お母さんは予兆を感じる。現実世界において生起するそれぞれの事象と個々の想念の裡における苦楽が、深い繋がりをもって連続性の中に存在しているのである。予兆と呼ばれる関連性の知覚と絶対的な幸福、不幸と呼ばれ得る出来事が確かに存在するのである。ここには典型的なファンタシーにおける世界観が暗示されている。





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30 December

Peter and Wendy 『ピーターとウェンディ』読解メモ 44


 Alas, he would not listen. He was determined to show who was master in that house, and when commands would not draw Nana from the kennel, he lured her out of it with honeyed words, and seizing her roughly, dragged her from the nursery. He was ashamed of himself, and yet he did it. It was all owing to his too affectionate nature, which craved for admiration. When he had tied her up in the back-yard, the wretched father went and sat in the passage, with his knuckles to his eyes.
 In the meantime Mrs. Darling had put the children to bed in unwonted silence and lit their night-lights. They could hear Nana barking, and John whimpered, "It is because he is chaining her up in the yard," but Wendy was wiser.
 "That is not Nana's unhappy bark," she said, little guessing what was about to happen; "that is her bark when she smells danger."
 Danger!
 "Are you sure, Wendy?"
 "Oh, yes."

 残念ながら、ダーリング氏は耳を傾けようとしなかったのでした。お父さんは、一家の主人は誰であるのか見せつけてやろうと、心に決めていました。呼びつけてもナナが小屋から出てこようとしないのを見ると、お父さんは猫なで声でナナを誘い出し、荒々しく首根っこを掴むと、子供部屋から引きづり出してしまったのです。ダーリング氏は自分の行いを心の中では恥じていました。でも、そうしたのです。みんなダーリング氏の、周囲の賞賛を浴びたいという強い思いのせいでした。ナナを裏庭につなぎ留めると、惨めな父親は戻って来て、廊下で両手で顔を覆って座り込みました。
 そうするうち、ダーリング夫人はいつになく押し黙ったまま子供達を床に寝かし付け、ベッドの脇に蝋燭を灯しました。するとナナが吠えている声が聞こえました。ジョンが泣き声をあげていいました。「お父さんが裏庭でナナを鎖に繋いでいるんだ。」けれどもウェンディは、もっと良く分かっていました。
 「あれはナナが悲しい時の声ではないわ。」何が起ころうとしているかも良く分からないまま、続けました。「あれはナナが、危険が迫ったことを察した時の声だわ。」
 危険が迫っている!
 「それは確かなの?ウェンディ。」
 「間違いないわ。」

 ここには家長的存在の示す勇壮でもなく、賢明でもない愚劣さが描き出されている。人間存在の崇高な本源的意義などを認めようとすることの決してない、客観的写実主義に基づいた感覚の描写がここにある。これは典型的なファンタシーの感覚とは相容れない、対照的な思想的傾向なのである。

用語メモ
 night-lights:ベッドの脇に灯す、蝋燭の灯りである。



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29 December

Peter and Wendy 『ピーターとウェンディ』読解メモ 43


 "It was only a joke," he roared, while she comforted her boys, and Wendy hugged Nana. "Much good," he said bitterly, "my wearing myself to the bone trying to be funny in this house."
 And still Wendy hugged Nana. "That's right," he shouted. "Coddle her! Nobody coddles me. Oh dear no! I am only the breadwinner, why should I be coddled--why, why, why!"
 "George," Mrs. Darling entreated him, "not so loud; the servants will hear you." Somehow they had got into the way of calling Liza the servants.
 "Let them!" he answered recklessly. "Bring in the whole world. But I refuse to allow that dog to lord it in my nursery for an hour longer."
 The children wept, and Nana ran to him beseechingly, but he waved her back. He felt he was a strong man again. "In vain, in vain," he cried; "the proper place for you is the yard, and there you go to be tied up this instant."
 "George, George," Mrs. Darling whispered, "remember what I told you about that boy."

 「ただのジョークだったんだよ。」ダーリング夫人が男の子達を慰め、ウェンディがナナを抱きしめている中で、ダーリング氏はどなるように言いました。「結構なことだね、この僕が一家のもの達を面白がらせてやろうとして骨身を磨り減らしているというのに。ダーリング氏は苦々し気に言いました。」
 まだウェンディはナナを抱きしめているばかりです。「いいさ。」ダーリング氏は叫びました。「ナナのご機嫌をとってやればいい。誰も僕のことなんか、気にもかけてくれないんだ。僕はただ、稼いでくるだけの人さ。僕のことなんか、どうでもいいだろうさ。」
 「ジョージ、お願いですから。」ダーリング夫人が言いました。「そんな大きな声を立てないで下さいね。召し使い達に聞こえてしまうじゃありませんか。」どういう訳か、彼等はリザのことを“召し使い達”と呼ぶようになっていたのです。
 「聞こえるがいいさ。」ダーリング氏は投げやりな口調で言いました。「世間の人みんなに聞いてもらうがいい。でも僕は、これ以上一時間たりとも、あの犬にうちの子供部屋で好き勝手にさせるつもりはないぞ。」
 子供達は泣き出しました。ナナはダーリング氏のところにとんで行って、懇願しました。でもお父さんはナナを押しやりました。ダーリング氏は再び自分が威信を取り戻したような気がしてきました。「無駄だ。無駄だ。」大きな声でダーリング氏は言いました。「お前のいるべきところは前庭だ。今直ぐ、庭に出して紐につないでやる。
 「ジョージ、ジョージ。」ダーリング夫人がささやきました。「あの少年の事覚えてらっしゃるでしょ。」

 お手伝いといえばリザ一人きりしかいないくせに、大勢の奉公人を抱えたお屋敷の暮らしを真似ているダーリング夫妻である。ダーリング氏ばかりでなく、ダーリング夫人さえもが自己充足的なメイク・ビリーブの世界に生きているのである。

用語メモ
 lord it:“lord it over”で、“いばりちらす”、“偉そうにしている”の意となる。“it”は仮の目的語のようなもの。





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28 December

Peter and Wendy 『ピーターとウェンディ』読解メモ 42


 Wendy gave the words, one, two, three, and Michael took his medicine, but Mr. Darling slipped his behind his back.
 There was a yell of rage from Michael, and "O father!" Wendy exclaimed.
 "What do you mean by "O father'?" Mr. Darling demanded. "Stop that row, Michael. I meant to take mine, but I -- I missed it."
 It was dreadful the way all the three were looking at him, just as if they did not admire him. "Look here, all of you," he said entreatingly, as soon as Nana had gone into the bathroom. "I have just thought of a splendid joke. I shall pour my medicine into Nana's bowl, and she will drink it, thinking it is milk!"
 It was the colour of milk; but the children did not have their father's sense of humour, and they looked at him reproachfully as he poured the medicine into Nana's bowl. "What fun!" he said doubtfully, and they did not dare expose him when Mrs. Darling and Nana returned.
 "Nana, good dog," he said, patting her, "I have put a little milk into your bowl, Nana."
 Nana wagged her tail, ran to the medicine, and began lapping it. Then she gave Mr. Darling such a look, not an angry look: she showed him the great red tear that makes us so sorry for noble dogs, and crept into her kennel.
 Mr. Darling was frightfully ashamed of himself, but he would not give in. In a horrid silence Mrs. Darling smelt the bowl. "O George," she said, "it's your medicine!"

 ウェンディが1、2、の3とかけ声を発すると、マイケルは自分のお薬を飲みました。でもダーリング氏は、自分のを背中の後ろに隠したのです。
 マイケルが怒りの声をあげました。そしてウェンディも「お父さんったら。」と叫んでしまいました。
 「『おとうさんったら。』とはどういうことかね?」ダーリング氏はきつい口調で尋ねました。「騒ぐのは止めなさい、マイケル。僕は自分のお薬を飲もうとしたんだが、…しくじってしまったんだ。」
 3人の子供達がお父さんに向けた眼差しは、ぞくりとするようなものでした。もうお父さんを尊敬することはできない、彼等の目は語っていました。「みんな、これを見てごらん。」ナナがお風呂に行ってしまうと、ダーリング氏は懇願するように言いました。「とても面白いジョークを思い付いたんだ。僕のお薬をナナのお皿に入れてやるんだ。ナナはミルクと間違えて、飲んでしまうだろうね。」
 お薬はミルクのような色でした。けれども子供達は、お父さんのようなユーモアのセンスは持ち合わせていませんでした。ですから、お父さんがナナのお皿にお薬を注ぐと、彼等は非難するような目で見ていました。「面白いぞ。」お父さんは少し自身なさそうに言いました。子供達もダーリング夫人とナナが戻ってきた時、敢えて告げ口しようとはしませんでした。
 「ナナ、いい子だね。」お父さんはナナの背中を叩きながら言いました。「君のお皿にミルクを入れてあげたよ。」
 ナナはしっぽを振り、お薬のお皿のところにとんで行きました。そしてなめ始めたのです。それからナナは、とても悲しそうな顔をしました。決して怒った顔ではありませんでした。気高い犬にひどいことをしてしまった、と後悔させるような、涙にうるんだ赤い目をしていたのです。ナナは犬小屋にもぐり込んでしまいました。
 ダーリング氏はどうしようもない程、自らを恥じる気持ちになりました。けれども過ちを認めようとはしませんでした。みんなが押し黙った中で、ダーリング夫人がお皿の臭いを嗅ぎました。「ジョージったら。あなたのお薬じゃないの。」お母さんは言いました。

 無思慮に行われてしまった卑怯な振る舞いと、そのために引き起こされた気まずい雰囲気が見事に描かれている。心の中にわだかまるしこりについては、このお話はどんなに現実的な小説よりもごまかしがない。

用語メモ
 row:“騒ぎ”、“口論”のこと。
 expose:“あばく”、“暴露する”の意。



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27 December

Peter and Wendy 『ピーターとウェンディ』読解メモ 41


 "Father first," said Michael, who was of a suspicious nature.
 "I shall be sick, you know," Mr. Darling said threateningly.
 "Come on, father," said John.
 "Hold your tongue, John," his father rapped out.
Wendy was quite puzzled. "I thought you took it quite easily, father."
 "That is not the point," he retorted. "The point is, that there is more in my glass that in Michael's spoon." His proud heart was nearly bursting. "And it isn't fair: I would say it though it were with my last breath; it isn't fair."
 "Father, I am waiting," said Michael coldly.
 "It's all very well to say you are waiting; so am I waiting."
 "Father's a cowardly custard."
 "So are you a cowardly custard."
 "I'm not frightened."
 "Neither am I frightened."
 "Well, then, take it."
 "Well, then, you take it."
Wendy had a splendid idea. "Why not both take it at the same time?"
 "Certainly," said Mr. Darling. "Are you ready, Michael?"

 「お父さんが先だ。」マイケルが言いました。この子は疑り深い質なのでした。
 「きっと、気持ちが悪くなってしまうだろうな。」ダーリング氏は脅すように言いました。
 「早く、お父さん。」ジョンが言いました。
 「黙っていなさい、ジョン。」お父さんは厳しい口調で言いました。
ウェンディは、なんだか訳が分からなくなってしまいました。「お父さんは、すぐに飲んでしまうと思ってたのに。」
 「そういう事じゃないんだ。」ダーリング氏は答えました。「問題はだ、マイケルのスプーンのお薬よりも、僕のコップのお薬の方が沢山あるってことだ。」お父さんの誇り高い心は、張り裂けそうになっていました。「これはどう見ても公平じゃない。これが今際の時であっても、どうしても言っておきたいね。」
 「お父さん、早く。」マイケルが冷たい声で言いました。
 「早く、なんて言うけど、君だって早く飲めばどうだ。」
 「お父さんの卑怯者。」
 「君だって卑怯者だ。」
 「僕は怖くなんかないよ。」
 「僕だって怖くなんかないさ。」
 「じゃあ、飲んだら。」
 「じゃあ、君が飲めよ。」
ウェンディは素晴らしい考えが浮かびました。「二人で一緒に飲んでしまえばいいんだわ。」
 「その通りだ。」ダーリング氏は言いました。「準備はいいか、マイケル?」

 ダーリング氏の口喧嘩の才能は、中々のものである。最年少のマイケルと、真正面からどうどうと渡り合っている。本人は気付いていないようだが、ただの銀行員や会社員には真似のできない、独特の幼児的才質を備えているのかもしれない。

用語メモ
 custard:卵と牛乳と砂糖から作る“カスタード”のことである。マイケルはおそらく“bastard”と言い間違えたのだろう。ダーリング氏がそのまま付き合っているのは、えらい。





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