Archive for June 2006

30 June

Peter and Wendy 『ピーターとウェンディ』読解メモ 226


 Of course in the end Wendy let them fly away together. Our last glimpse of her shows her at the window, watching them receding into the sky until they were as small as stars.
 As you look at Wendy, you may see her hair becoming white, and her figure little again, for all this happened long ago. Jane is now a common grown-up, with a daughter called Margaret; and every spring cleaning time, except when he forgets, Peter comes for Margaret and takes her to the Neverland, where she tells him stories about himself, to which he listens eagerly. When Margaret grows up she will have a daughter, who is to be Peter's mother in turn; and thus it will go on, so long as children are gay and innocent and heartless.

THE END

 勿論、結局はウェンディは、二人を一緒に飛んで行かせた。最後に振り返ってみると、ウェンディは窓辺に佇み、ピーターとジェーンが空に吸い込まれて星のように小さくなるのを見つめているのだった。
 ウェンディの姿をみていると、彼女の髪が白くなり、その体が再び小さくなって行くのが分かるだろう。何故ならこれは皆、遠い昔に起こったことだからだ。ジェーンは今はありふれた大人で、マーガレットという名の娘がいる。そして毎年春の大掃除の頃になると、忘れていない時には、ピーターはマーガレットのもとを訪れ、ネバーランドへと連れて行くのだ。そこでマーガレットは、ピーターに彼自身のお話を聞かせてやる。ピーターは、熱心にそのお話に耳を傾ける。マーガレットが大きくなったら、娘ができることだろう。今度はこの子が、ピーターのお母さんになるのだ。こうしてずっと続いて行く。子供達が陽気で無邪気で非情であり続ける限り。

 ウェンディが年を取っていく様を語るのは、作者バリの得意とするフィクション性を意識した物語記述手法である。通常のリアリスティックな小説においてもこの手法は効果的に用いられているが、この語りの技法がファンタシーという独特の指向性を持った公理系の中で採用された際には、可能世界存立条件に作用する積極的な要因として、より主題的比重を増すこととなるだろう。

用語メモ
 gay and innocent and heartless:このお話によって、“gay”と“innocent”という言葉に新たな意味の賦与がなされたのである。人間存在として陽気で無邪気であることとは、その意識の根底に心ない幼児的自己満足の精神が巣食っていることを非情に指摘しているのである。




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29 June

Peter and Wendy 『ピーターとウェンディ』読解メモ 225


 Peter rose and bowed to her, and she bowed to him from the bed.
 "Hullo," he said.
 "Hullo," said Jane.
 "My name is Peter Pan," he told her.
 "Yes, I know."
 "I came back for my mother," he explained, "to take her to the Neverland."
 "Yes, I know," Jane said, "I have been waiting for you."
 When Wendy returned diffidently she found Peter sitting on the bed-post crowing gloriously, while Jane in her nighty was flying round the room in solemn ecstasy.
 "She is my mother," Peter explained; and Jane descended and stood by his side, with the look in her face that he liked to see on ladies when they gazed at him.
 "He does so need a mother," Jane said.
 "Yes, I know." Wendy admitted rather forlornly; "no one knows it so well as I."
 "Good-bye," said Peter to Wendy; and he rose in the air, and the shameless Jane rose with him; it was already her easiest way of moving about.
 Wendy rushed to the window.
 "No, no," she cried.
 "It is just for spring cleaning time," Jane said, "he wants me always to do his spring cleaning."
 "If only I could go with you," Wendy sighed.
 "You see you can't fly," said Jane.

 ピーターは起き上がり、ジェーンに向かってお辞儀をした。そしてジェーンも、ベッドの上からお辞儀を返した。
 「今晩は。」ピーターは言った。
 「今晩は。」ジェーンも言った。
 「僕は、ピーターと言うんだ。」ピーターが言った。
 「うん、知ってるよ。」
 「僕は、お母さんを連れに戻って来たんだ。ネバーランドに連れて行くんだ。」
 「うん、知ってるよ。」ジェーンは答えた。「あなたのことを待っていたのよ。」
 ウェンディがおずおずとしながら戻って来ると、ピーターがベッドの支柱の上に腰をかけて、楽しそうに喉を鳴らして笑っているのを見つけた。ジェーンはといえば、寝間着姿のままで有頂天になって、部屋の中を飛び回っているのだ。
 「この子が、僕のお母さんになるんだ。」ピーターは言った。ジェーンも降りて来て、ピーターの横に並んだ。女性達が彼の姿を見つめる時にピーターが一番うれしく思う、あの表情を浮かべている。
 「ピーターには、どうしてもお母さんが必要なの。」ジェーンが言った。
 「そうね、分かっているわ。」ウェンディは、少しばかり悲しそうに認めた。「誰よりも良く、私はそのことを分かっているわ。」
 「さようなら。」ピーターは、ウェンディに言った。そして宙に舞い上がった。ジェーンも、臆面も無く一緒に宙に浮かんだ。もう何の苦もなく空を飛んでいるのだった。
 ウェンディは、窓のところに駆け寄った。
 「駄目、やっぱり駄目よ。」ウェンディは叫んだ。
 「春の大掃除の間だけよ。」ジェーンが言った。「ピーターは、春の大掃除はいつも私に手伝って欲しいんだって。」
 「私にも、一緒に行くことさえできれば。」ウェンディは、溜め息をつきながら言った。
 「駄目よ。お母さんは飛べないでしょ。」ジェーンが言った。

 ウェンディが母親にしたように、ウェンディの娘は母親を裏切り、冷徹に見捨てていく。自分自身によって見放され、断罪されることが、人間一般の宿命となったのである。聡明な老賢人ともなり得なく純真な幼児でもあり得ない、ただハートレスであるばかりの、神の霊性を永遠に脱落させた人間存在としての確証を行う心の中の儀式が、成長と呼ばれるものなのだ。

用語メモ
 相補性(complementality):裏切る行為と裏切られる行為、行為者としての存在と行為を受ける非行為者としての存在が循環のもとに完結したところで、時間性の中の動作が永遠性の中の属性として位相変換を遂げる。非情な喪失神話の完成である。




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28 June

Peter and Wendy 『ピーターとウェンディ』読解メモ 224


 "What is it?" he cried again.
 She had to tell him.
 "I am old, Peter. I am ever so much more than twenty. I grew up long ago."
 "You promised not to!"
 "I couldn't help it. I am a married woman, Peter."
 "No, you're not."
 "Yes, and the little girl in the bed is my baby."
 "No, she's not."
 But he supposed she was; and he took a step towards the sleeping child with his dagger upraised. Of course he did not strike. He sat down on the floor instead and sobbed; and Wendy did not know how to comfort him, though she could have done it so easily once. She was only a woman now, and she ran out of the room to try to think.
 Peter continued to cry, and soon his sobs woke Jane. She sat up in bed, and was interested at once.
 "Boy," she said, "why are you crying?"

 「どうしたの、これは?」ピーターは、再び叫んだ。
 ウェンディは、話してやるしかなかった。
 「私は年を取ったの、ピーター。20歳よりずっと上なの。随分昔に大人になってしまったのよ。」
 「そんなことしないって、約束したじゃないか。」
 「でも、年を取るしかなかったの。もう結婚もしているのよ。」
 「嘘だ!」
 「本当なの。このベッドに寝ているのは、私の子よ。」
 「そんな筈があるもんか!」
 そうは言いながらも、ピーターもそれには感づいていた。ピーターは短剣を振り上げながら、眠っている子の方に一歩足を進めた。勿論突き立てはしなかった。そうする代わりに、ピーターは床の上に座り込んで、すすり泣いたのだった。ウェンディには、どうしてピーターを慰めてやったらよいか、分からなかった。かつてはいとも容易くできたことだったのに。今はウェンディは、ただの女でしかなかった。ウェンディは心を落ち着けようと、部屋から走り出た。
 ピーターは泣き続けた。そしてまもなくジェーンが目を覚ました。ジェーンはベッドの中で体を起こすと、直ぐにピーターに目を留めた。
 「どうしたの?どうして泣いているの?」

 この物語の冒頭のあたりに展開されていた、ウェンディが最初にピーターと出会った時と同様のシーンが再現されている。おそらくここには、普遍的な回帰的法則性が暗示されているのだろう。人間存在の霊性の根底に染み付いた存在論的位相が、経験的現象の生起という様相のもとに反転的顕現を行っているのである。

用語メモ
 位相変換:エネルギーと質量が同一の何物かの示す異なった二つの位相であるように、運動と力、あるいは現象と属性が位相変換を行う様を思い浮かべれば、ウェンディとジェーンの享受するピーターを軸とした等質の体験が、人間精神の普遍の実質を語るものとして容易く理解され得ることだろう。




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27 June

Peter and Wendy 『ピーターとウェンディ』読解メモ 223


 "That is not Michael," she said quickly, lest a judgment should fall on her.
 Peter looked. "Hullo, is it a new one?"
 "Yes."
 "Boy or girl?"
 "Girl."
 Now surely he would understand; but not a bit of it.
 "Peter," she said, faltering, "are you expecting me to fly away with you?"
 "Of course; that is why I have come." He added a little sternly, "Have you forgotten that this is spring cleaning time?"
 She knew it was useless to say that he had let many spring cleaning times pass.
 "I can't come," she said apologetically, "I have forgotten how to fly."
 "I'll soon teach you again."
 "O Peter, don't waste the fairy dust on me."
 She had risen; and now at last a fear assailed him. "What is it?" he cried, shrinking.
 "I will turn up the light," she said, "and then you can see for yourself."
 For almost the only time in his life that I know of, Peter was afraid. "Don't turn up the light," he cried.
 She let her hands play in the hair of the tragic boy. She was not a little girl heart-broken about him; she was a grown woman smiling at it all, but they were wet eyed smiles.
 Then she turned up the light, and Peter saw. He gave a cry of pain; and when the tall beautiful creature stooped to lift him in her arms he drew back sharply.

 「それはマイケルじゃないのよ。」ウェンディは急いで言った。審判が下されるのを怖れたのだ。
 ピーターは良く見てみた。「新しい子なの?」
 「そうよ。」
 「男の子、女の子?」
 「女の子よ。」
 今度こそ、ピーターも理解するだろう。しかし、全く当て外れだった。
 「ピーター、」ウェンディは、震える声で言った。「私に一緒に飛んで行って欲しいの?」
 「勿論さ。そのために来たんだから。」そしてピーターは、ちょっと厳しい声で付け加えた。「春の大掃除の頃になったんだよ。忘れたの?」
 ウェンディには、ピーターがもう暫く春の大掃除をすっぽかしていたことを告げても無駄なことが分かっていた。
 「私は行けないわ。」すまなそうにウェンディが言った。「もう飛び方を忘れちゃったもの。」
 「もう一度教えてあげるよ。」
 「ピーター、もう妖精の粉を振りかけても無駄なのよ。」
 ウェンディは立ち上がった。ようやくピーターの顔に畏怖の表情が走った。
 「どうしたの、これは?」体を縮めながらピーターが叫んだ。
 「灯りをつけるわね。そうしたらよく分かるわ。」
 私の知る限り、これまでで初めて、ピーターは本当の恐怖を感じた。「灯りをつけないで。」ピーターは叫んだ。
 ウェンディは両手を伸ばして、この哀れな少年の髪を撫でた。もうピーターに恋いこがれる少女ではなかった。こんな思い出に微笑みを浮かべる、大人の女であった。しかしその笑みは、涙を浮かべた笑みであった。
 それからウェンディは、灯りをつけた。そしてピーターは、ウェンディの姿を見た。苦しそうな叫びが発せられた。背の高い美しい女性が、身を屈め、彼を抱き上げようとすると、ピーターは素早く身を引いた。

 このお話の本当のクライマックスが語られている。人間の精神のもとに訪れた、かつてその一部であったものの永遠の喪失と、そこから離反したものを待ち受ける苛酷な運命である。

用語メモ
 judgement:最後の審判である。生涯になした一つ一つの行いの是非を厳重に問われるこの折に、ピーターに偽りを語ることになる素振りを示してしまうことが、許されざる罪であると判定されるであろうことを予期する痛切な思いが、ウェンディを捉えたのである。



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26 June

Peter and Wendy 『ピーターとウェンディ』読解メモ 222


 And then one night came the tragedy. It was the spring of the year, and the story had been told for the night, and Jane was now asleep in her bed. Wendy was sitting on the floor, very close to the fire, so as to see to darn, for there was no other light in the nursery; and while she sat darning she heard a crow. Then the window blew open as of old, and Peter dropped in on the floor.
 He was exactly the same as ever, and Wendy saw at once that he still had all his first teeth.
 He was a little boy, and she was grown up. She huddled by the fire not daring to move, helpless and guilty, a big woman.
 "Hullo, Wendy," he said, not noticing any difference, for he was thinking chiefly of himself; and in the dim light her white dress might have been the nightgown in which he had seen her first.
 "Hullo, Peter," she replied faintly, squeezing herself as small as possible. Something inside her was crying Woman, Woman, let go of me."
 "Hullo, where is John?" he asked, suddenly missing the third bed.
 "John is not here now," she gasped.
 "Is Michael asleep?" he asked, with a careless glance at Jane.
 "Yes," she answered; and now she felt that she was untrue to Jane as well as to Peter.

 そしてある晩のこと、悲劇が訪れた。それは春の頃だった。晩のお話はもう語り終えられ、ジェーンはベッドの中で眠りに落ちていた。ウェンディは、縫い物がよく見えるように、暖炉のすぐそばで床に腰を降ろしていた。子供部屋には、他に灯りは無かった。その時、ウェンディには覚えのある笑い声が聞こえてきた。そして初めての時と同じように窓が開け放たれ、ピーターが床に降り立った。
 ピーターは、以前と全く変わっていなかった。ウェンディには一目で、ピーターの歯が一本も抜け替わっていないことが分かった。
 ピーターは小さな子供で、ウェンディは大人だった。ウェンディは暖炉の脇で体をすくめ、身動きさえしようとしなかった。手の施しようもなく罪深い、大人の女だった。
 「やあ、ウェンディ。」ピーターは、何の変化も感じ取ることなく言った。いつも自分のことしか考えていないからだ。この暗がりの中では、ウェンディの着ている白いドレスは、ピーターと最初に出会った晩の寝間着と同じように見えたかもしれない。
 「今晩わ、ピーター。」ウェンディはかすれた声で答えた。できるだけ体を小さくしようと、身をすくめていた。何かが彼女の体の中で叫んでいた。「女よ、私の中から出て行って。」
 「ジョンはどうしたの?」3つ目のベッドが無いのに突然気がついて、ピーターが尋ねた。
 「ジョンは、もうここにはいないの。」喘ぐようにして、ウェンディは答えた。
 「マイケルは、眠っているの?」何も気付かずにジェーンのベッドに目を向けながら、ピーターが聞いた。
 「そうよ。」ウェンディは答えた。そうしながら、ピーターだけでなくジェーンにも、とても悪いことをしているような思いを感じていた。

 ピーターという存在が、子供達の想念の中にのみ顕現する仮構的存在であったことが改めて語られてきたところで、この部分でのピーターの実質的で主体的な存在様態の描き方は、あるいは異質な感覚を与えるものであるかもしれない。願望や想起の対象となる客体であるべきものが実体化し、今度は主体として振る舞うことにより、メイク・ビリーブという行為の反転的現象の生成が可能となることを前提とした記述システムとして、ファンタシーという公理系が意図的に採用されていることを再確認しておくべきだろう。

用語メモ
 guilty:成長して大人になることそのものが、“罪のある”あるいは“罪を犯した”行為として語られている。裁判等の抗争や判定の手順の結果としてではなく、意識の主体自身の抱く率直な自覚として、大人になり女であることがピーターに対する“罪”として語られているのである。




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