Archive for April 2006

30 April

Peter and Wendy 『ピーターとウェンディ』読解メモ 165


 But what was that? The red in his eye had caught sight of Peter's medicine standing on a ledge within easy reach. He fathomed what it was straightaway, and immediately knew that the sleeper was in his power.
 Lest he should be taken alive, Hook always carried about his person a dreadful drug, blended by himself of all the death-dealing rings that had come into his possession. These he had boiled down into a yellow liquid quite unknown to science, which was probably the most virulent poison in existence.
 Five drops of this he now added to Peter's cup. His hand shook, but it was in exultation rather than in shame. As he did it he avoided glancing at the sleeper, but not lest pity should unnerve him; merely to avoid spilling. Then one long gloating look he cast upon his victim, and turning, wormed his way with difficulty up the tree. As he emerged at the top he looked the very spirit of evil breaking from its hole. Donning his hat at its most rakish angle, he wound his cloak around him, holding one end in front as if to conceal his person from the night, of which it was the blackest part, and muttering strangely to himself, stole away through the trees.

 しかしあれは一体何であろうか?フックの目の赤い部分が、手の届く棚の上に置いてあったピーターの薬の瓶を見つけ出した。即座にフックはこの瓶の正体を推測し、程なく眠っている敵が自分の掌中に落ちたことを理解したのである。
 捕らえられて生き恥をさらすことの無いように、フックは常に強力な毒薬を携えていた。彼は手に入れたあらゆる致命的な薬物を自ら調合し、これらを煮詰めて未だ科学の知るところとなっていない黄色の液体を造り上げていた。これはあらゆる毒物の中で最も毒性の強いものであると思われた。
 この毒薬を5滴、フックはピーターのカップの中に垂らし込んだ。フックの手は震えていた。しかしそれは恥辱のためではなく、むしろ心の高揚のためであった。この動作を行いながら、フックは眠っているピーターの姿に目を向けないようにしていた。哀れの念のために心が挫けるのを嫌ったためではなく、ただ毒薬をこぼすことのないようにするためであった。それからもう一度、じっと満足そうにほくそ笑みながら、フックは自分の餌食となった敵の姿に目を落とした。そしてまた木の通路を攀じ昇っていったのである。上の出口から身を乗り出した時のフックの姿は、穴から顔を覗かせた邪悪の精さながらであった。海賊帽をならず者らしいぴったりの角度で頭に乗せ、腕を通した外套を、あたかも夜の暗闇から最もどす黒い自らの姿を隠そうとでもいうように体の前で手で押さえて、フックは何かをつぶやきながら木々の間をくぐり抜けて行った。

 ピーターに毒をもった後、立ち去るフックの姿の描写が興味深い。フックの自意識の強さと、独特の美学的性向が窺える場面である。フックは常に自分自身の姿を客観的に捉え、生を送る有様そのものを演じることを忘れない。自意識こそがこの作品の根幹的主題である。フックの悲劇の原因がここにあることは明白である。

用語メモ
 rake:「放蕩者」、「ならず者」と訳されることが多いが、もともとは“rake Hell”すなわち「地獄をかき乱す者」である。頑強な意志の許に権力と体制に刃向い、既存の道徳に背を向け、自分だけの価値観に従って生を送る決心をした、自覚的な悪漢像の演技者である。別名を“リバティーン”(libertine)とも呼ばれる。海賊であることは、全ての欺瞞に背を向けて生きる自由人であることの意志表示ともなる。




◆和洋女子大学公開講座のお知らせ
 作品講読「ピーターとウェンディ」(Peter and Wendy)を読む

◇  教室が決まりました。西館の3Fにある第2コンピュータ室で開催の予定です。コンピュータの使い方をご存じの方は、当日お伝えするユーザー名とパスワードを用いてログインし、インターネットに接続することができます。“Daily Lecture”等の公開中のファイルを開いて、講座のテキストとして御覧になれます。ワードを起動して自分でメモ等を作成することもできます。データ保存のためのフロッピー・ディスクあるいはフラッシュメディアをご持参下さい。
 この機会にコンピュータやインターネットを試してみたいという方は、早めにお出で下されば使い方の説明を致します。

◇第1回目が連休の最中という、大変な日程で組まれていることが分かりました。初回欠席でも、受講には差し障りありません。2回目以降好きな時に出席して頂いて結構です。講座は4回連続ですが、毎回の講義内容は、その場の状況に合わせて随時工夫していく予定ですので、出席は単発でも構わないのです。当日の受講受付もできます。
 コンピュータの利用に親しんでいる方は、テキストを購入しなくても教室でインターネットに繋いで、物語の本文を参照することができます。コンピュータに不馴れな方のためには、書物のテキストを用意してあります。講座は2時から開始ですが、1時頃には講師は来ておりますので、質疑応答等行えます。
 あらかじめ、物語のどの部分を読んでみたいか、あるいはこのお話の解釈について疑問を感じる点等を用意しておいて頂ければ、これに対する解説として講義を行って行きます。
 対訳を作成してありますので、翻訳上の疑問点等をご指摘頂ければ、「意訳」の工夫などを話題にすることもできます。

5月の毎週土曜日:5月6日、5月13日、5月20日、5月27日の4回、
2時から開催です。

連絡先:和洋女子大学 渉外課  047-371-1473

◇内容
 “ピーター・パン”の物語として有名な、『ピーターとウェンディ』を原文で読みます。実はあまり良く知られていない原作の哲学的な主題を、英語表現の鑑賞に気を配りながら読みとって行きます。4回という限られた回数で作品の全体像を把握するために、読解上の注釈を施したテキストを用意しました。インターネットで公開中の対訳とメモを活用し、質疑応答を通して要点を押さえながら、読解の作業を進めていきたいと思います。
 主題としては、意識内世界としてのネバーランドという場所、個人の内面心理を形成する疑似人格的要素としてのピーターとフックという人物像等について考察することにより、“世界”と“自己”という概念に対する再検証のあり方を試みるつもりです。これがファンタシー文学一般の中心的主題と考えられるものなのです。
 (インターネットの利用、コンピュータの操作等ができなくとも、受講には差し支えありません。)



◆「ミクシィ」でコミュニティ「アンチ・ファンタシー」を開設しました。
◇「最後のユニコーン」に関するSue Matheson氏の論文の解説等を行っています。
◇アニメーション版「最後のユニコーン」における視覚表現についての解説を公開中です。
◇ピーター・ビーグルに関する書誌データを公開中です。

http://mixi.jp/view_community.pl?id=427647

参加希望の方は、以下のアドレスにご連絡下さい。招待メールをお送りします。

kuroda@wayo.ac.jp



◆メインページurl http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/

◇平成17年12月21日和洋女子大学にて開催の
“ポエトリー・リーディング”
において行った朗読、「“Frivolous Cake”ー“浮気なケーキ”を読む」をアップロードしました。
http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/speech/cake/cake.html

◇“公開講座8” The Last Unicorn『最後のユニコーン』の世界
を追加しました。
http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/H17E_fest/eibun.htm

◇“公開講座9”:自分との共生
ジャンヌ・ダルクの影とナウシカの影 ―神や悪魔として現れるものたち
を追加しました。
http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/joan/joan.htm

◇論文、“アンチ・ファンタシーというファンタシーII:アンチ・ファンタシーの中のヒーロー(英雄)―『最後のユニコーン』のアンチ・ロマンス的諧謔性とファンタシー的憧憬”を新規公開中
http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/anti/antiromance.htm













00:00:00 | antifantasy2 | No comments | TrackBacks

29 April

Peter and Wendy 『ピーターとウェンディ』読解メモ 164


 Thus defenceless Hook found him. He stood silent at the foot of the tree looking across the chamber at his enemy. Did no feeling of compassion disturb his sombre breast? The man was not wholly evil; he loved flowers (I have been told) and sweet music (he was himself no mean performer on the harpsichord); and, let it be frankly admitted, the idyllic nature of the scene stirred him profoundly. Mastered by his better self he would have returned reluctantly up the tree, but for one thing.
 What stayed him was Peter's impertinent appearance as he slept. The open mouth, the drooping arm, the arched knee: they were such a personification of cockiness as, taken together, will never again, one may hope, be presented to eyes so sensitive to their offensiveness. They steeled Hook's heart. If his rage had broken him into a hundred pieces every one of them would have disregarded the incident, and leapt at the sleeper.
 Though a light from the one lamp shone dimly on the bed, Hook stood in darkness himself, and at the first stealthy step forward he discovered an obstacle, the door of Slightly's tree. It did not entirely fill the aperture, and he had been looking over it. Feeling for the catch, he found to his fury that it was low down, beyond his reach. To his disordered brain it seemed then that the irritating quality in Peter's face and figure visibly increased, and he rattled the door and flung himself against it. Was his enemy to escape him after all?

 このようにピーターが無防備でいるところを、フックは見つけたのである。フックは木の根本のところから、部屋の向こう側にいる敵の姿をじっと見つめた。フックの暗い胸の裡には、情けの心は全く沸き上がらなかったのであろうか?この男は心底邪悪である訳ではなかった。彼は花を愛した。それは確かに耳にしたことである。そして美しい音楽も愛した。実際、ハープシコードの腕前は中々のものであった。そして率直に言ってしまえば、周囲の情景の牧歌的な面持ちが、フックの心をかき乱したのである。良心の声に屈服して、しぶしぶとまた木を登って戻っていったかもしれなかった。しかしそうはさせないものが一つ、そこにあった。
 フックの足を留めさせたのは、眠っているピーターの生意気そうな外見であった。口を開け、腕をベッドの端から垂らし、膝を立てているその姿は、生意気さをそのまま人の姿にしたもののようだったので、このような侮辱に対してはあまりに繊細な人物の目の前にこれを二度と示すことは、到底考えられないほどであった。その姿がフックの心を鋼のように固くしたのである。もしもフックの憤怒が彼の身を百ものかけらに粉砕したとしても、その一つ一つがこの事実を顧みもせず、眠っている敵に襲いかかったであろう。
 一つ灯っていたランプの灯りがベッドの上をかすかに照らしていたが、フック自身は暗がりの中に立ち尽くしていた。そして一歩足を忍びやかに踏み出そうとして、フックは障害の存在に気付いた。それはスライトリーの木に付けられた戸口であった。この戸口は隙間を完全に塞いではいず、フックはこの戸口の上から部屋の中を見渡していたのであった。手探りで掛け金を探してみて、苛立たしいことにそれが手の届かない下のほうに付いていることが分かった。混乱したフックの頭の中では、その時ピーターの顔と体の我慢のならない部分が、目に見えて増して来たように思えた。フックは戸口を揺さぶり、体をぶつけた。彼の仇敵は、結局のところ彼の手を逃れてしまうのだろうか?

 ピーターの存在に関する謎が、擬装されて語られている部分である。ピーターの示す「生意気そうな」外見とは、実はフック当人の意識の内部機構の及ぼす投影として理解されるべきである。
 本当のところは、ピーターの保持していた属性の一つである“生意気さ”がフックの心を苛立たせるのではなく、ピーターの存在自体が否応も無くフックを苛立たせる原因となる謎を秘めており、そのためにフックはピーターの姿に避けるべくもなく“生意気さ”という圧倒的な主観的印象を感じ取ってしまうのである。つまりフックは絶え間なくピーターのために心を苛まれ続ける永遠の被害者であり、不可避的に救済される術を奪われた、宿命的な受難者なのである。この両者の関係性が主客を転倒した相互作用的現象認識に関する記述手法の展開の一例として、“生意気さ”という属性あるいは概念を採用して語られているのである。

用語メモ
 相互作用:一方が他方に及ぼすという単一方向的な作用としてではなく、現象の生成を関連する要素全てに反映された統合的事象として考えた時、主客の関係すらが反転して理解可能となる。




◆和洋女子大学公開講座のお知らせ
 作品講読「ピーターとウェンディ」(Peter and Wendy)を読む

◆教室が決まりました。西館の3Fにある第2コンピュータ室で開催の予定です。コンピュータの使い方をご存じの方は、当日お伝えするユーザー名とパスワードを用いてログインし、インターネットに接続することができます。ワードを起動してメモ等を作成することもできます。データ保存のためのフロッピー・ディスクあるいはフラッシュメディアをご持参下さい。
◆第1回目が連休の最中という、大変な日程で組まれていることが分かりました。初回欠席でも、受講には差し障りありません。2回目以降好きな時に出席して頂いて結構です。講座は4回連続ですが、毎回の講義内容は、その場の状況に合わせて随時工夫していく予定ですので、出席は単発でも構わないのです。当日の受講受付もできます。
 コンピュータの利用に親しんでいる方は、テキストを購入しなくても教室でインターネットに繋いで、物語の本文を参照することができます。コンピュータに不馴れな方のためには、書物のテキストを用意してあります。講座は2時から開始ですが、1時頃には講師は来ておりますので、質疑応答等行えます。
 あらかじめ、物語のどの部分を読んでみたいか、あるいはこのお話の解釈について疑問を感じる点等を用意しておいて頂ければ、これに対する解説として講義を行って行きます。
 対訳を作成してありますので、翻訳上の疑問点等をご指摘頂ければ、「意訳」の工夫などを話題にすることもできます。

5月の毎週土曜日:5月6日、5月13日、5月20日、5月27日の4回、
2時から開催です。

連絡先:和洋女子大学 渉外課  047-371-1473

◇内容
 “ピーター・パン”の物語として有名な、『ピーターとウェンディ』を原文で読みます。実はあまり良く知られていない原作の哲学的な主題を、英語表現の鑑賞に気を配りながら読みとって行きます。4回という限られた回数で作品の全体像を把握するために、読解上の注釈を施したテキストを用意しました。インターネットで公開中の対訳とメモを活用し、質疑応答を通して要点を押さえながら、読解の作業を進めていきたいと思います。
 主題としては、意識内世界としてのネバーランドという場所、個人の内面心理を形成する疑似人格的要素としてのピーターとフックという人物像等について考察することにより、“世界”と“自己”という概念に対する再検証のあり方を試みるつもりです。これがファンタシー文学一般の中心的主題と考えられるものなのです。
 (インターネットの利用、コンピュータの操作等ができなくとも、受講には差し支えありません。)



◆「ミクシィ」でコミュニティ「アンチ・ファンタシー」を開設しました。
◇「最後のユニコーン」に関するSue Matheson氏の論文の解説等を行っています。
◇アニメーション版「最後のユニコーン」における視覚表現についての解説を公開中です。
◇ピーター・ビーグルに関する書誌データを公開中です。

http://mixi.jp/view_community.pl?id=427647

参加希望の方は、以下のアドレスにご連絡下さい。招待メールをお送りします。

kuroda@wayo.ac.jp



◆メインページurl http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/

◇平成17年12月21日和洋女子大学にて開催の
“ポエトリー・リーディング”
において行った朗読、「“Frivolous Cake”ー“浮気なケーキ”を読む」をアップロードしました。
http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/speech/cake/cake.html

◇“公開講座8” The Last Unicorn『最後のユニコーン』の世界
を追加しました。
http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/H17E_fest/eibun.htm

◇“公開講座9”:自分との共生
ジャンヌ・ダルクの影とナウシカの影 ―神や悪魔として現れるものたち
を追加しました。
http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/joan/joan.htm

◇論文、“アンチ・ファンタシーというファンタシーII:アンチ・ファンタシーの中のヒーロー(英雄)―『最後のユニコーン』のアンチ・ロマンス的諧謔性とファンタシー的憧憬”を新規公開中
http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/anti/antiromance.htm



00:00:00 | antifantasy2 | No comments | TrackBacks

28 April

Peter and Wendy 『ピーターとウェンディ』読解メモ 163


Unaware of the tragedy being enacted above, Peter had continued, for a little time after the children left, to play gaily on his pipes: no doubt rather a forlorn attempt to prove to himself that he did not care. Then he decided not to take his medicine, so as to grieve Wendy. Then he lay down on the bed outside the coverlet, to vex her still more; for she had always tucked them inside it, because you never know that you may not grow chilly at the turn of the night. Then he nearly cried; but it struck him how indignant she would be if he laughed instead; so he laughed a haughty laugh and fell asleep in the middle of it.
Sometimes, though not often, he had dreams, and they were more painful than the dreams of other boys. For hours he could not be separated from these dreams, though he wailed piteously in them. They had to do, I think, with the riddle of his existence. At such times it had been Wendy's custom to take him out of bed and sit with him on her lap, soothing him in dear ways of her own invention, and when he grew calmer to put him back to bed before he quite woke up, so that he should not know of the indignity to which she had subjected him. But on this occasion he had fallen at once into a dreamless sleep. One arm dropped over the edge of the bed, one leg was arched, and the unfinished part of his laugh was stranded on his mouth, which was open, showing the little pearls.

 地上で引き起こされている悲劇のことは知る由もなく、ピーターは他の子供達が立ち去った後も、暫く快活に笛を吹き続けていた。これが、自分が何の無念も抱いてはいないことを示すための侘びしい試みであることは、疑い無かった。それからピーターは、お薬を飲むのを止めることにした。ウェンディを悲しませるためである。それからピーターは、掛け布団の外に体を出した。さらにウェンディに気を揉ませるためである。ウェンディはいつも、子供達をしっかりと掛け布団で包み込んでいた。明け方になるとどれほど冷え込むか、子供達が全く分かっていないからである。それからピーターは、すんでのところで泣き出しそうになった。しかしその瞬間、もしも彼が泣く代りに笑い出したら、ウェンディは大層心を痛めるであろうと考えた。そしてピーターは高らかに笑い、笑いながら眠りに落ちたのである。
 しばしばでは無かったが、時折ピーターは夢を見ることがあった。そしてその夢は、他の少年達の夢よりももっと辛いものであった。苦しそうにうめきながらも、何時間にも渡ってこの夢から逃れられないでいることもあった。これらの夢は、ピーターの存在の謎に関わるものではないかと思われる。このような折には、ウェンディはいつもピーターをベッドから抱き起こして膝の上に乗せ、自分で考え出したやり方で優しく慰めてやるのであった。そしてピーターの様子が落ち着くと、まだはっきりと目覚めないうちにまたベッドに戻してやるのだった。ウェンディのために被った不名誉が、ピーターの知るところとならないようにするためである。けれどもこの時は、ピーターは即座に深い眠りに落ち込んだのであった。片手はベッドの端から垂れ下がり、片足は膝を立て、まだ消えていなかった笑いの名残は、小さな真珠のような乳歯を覗かせた彼の口許にひっかかっていた。

 語り手自身の声によって、ピーターの存在に関する謎についての言及がなされている。ここで“riddle”と呼ばれているものこそ、このお話の根幹的主題となるものであろう。

用語メモ
 tuck:ベッド・メーキングの際に上の掛け布団側のシーツをマットの下に織り込む作業のこと。眠る人は二枚のシーツの間に挟まれた格好になる。



◆和洋女子大学公開講座のお知らせ
 作品講読「ピーターとウェンディ」(Peter and Wendy)を読む

 第1回目が連休の最中という、大変な日程で組まれていることが分かりました。初回欠席でも、受講には差し障りありません。2回目以降好きな時に出席して頂いて結構です。講座は4回連続ですが、毎回の講義内容は、その場の状況に合わせて随時工夫していく予定ですので、出席は単発でも構わないのです。当日の受講受付もできます。
 コンピュータの利用に親しんでいる方は、テキストを購入しなくても教室でインターネットに繋いで、物語の本文を参照することができます。コンピュータに不馴れな方のためには、書物のテキストを用意してあります。講座は2時から開始ですが、1時頃には講師は来ておりますので、質疑応答等行えます。
 あらかじめ、物語のどの部分を読んでみたいか、あるいはこのお話の解釈について疑問を感じる点等を用意しておいて頂ければ、これに対する解説として講義を行って行きます。


5月の毎週土曜日:5月6日、5月13日、5月20日、5月27日の4回、
2時から開催です。

連絡先:和洋女子大学 渉外課  047-371-1473

◇内容
 “ピーター・パン”の物語として有名な、『ピーターとウェンディ』を原文で読みます。実はあまり良く知られていない原作の哲学的な主題を、英語表現の鑑賞に気を配りながら読みとって行きます。4回という限られた回数で作品の全体像を把握するために、読解上の注釈を施したテキストを用意しました。インターネットで公開中の対訳とメモを活用し、質疑応答を通して要点を押さえながら、読解の作業を進めていきたいと思います。
 主題としては、意識内世界としてのネバーランドという場所、個人の内面心理を形成する疑似人格的要素としてのピーターとフックという人物像等について考察することにより、“世界”と“自己”という概念に対する再検証のあり方を試みるつもりです。これがファンタシー文学一般の中心的主題と考えられるものなのです。
 (インターネットの利用、コンピュータの操作等ができなくとも、受講には差し支えありません。)



◆「ミクシィ」でコミュニティ「アンチ・ファンタシー」を開設しました。
◇「最後のユニコーン」に関するSue Matheson氏の論文の解説等を行っています。
◇アニメーション版「最後のユニコーン」における視覚表現についての解説を公開中です。
◇ピーター・ビーグルに関する書誌データを公開中です。

http://mixi.jp/view_community.pl?id=427647

参加希望の方は、以下のアドレスにご連絡下さい。招待メールをお送りします。

kuroda@wayo.ac.jp



◆メインページurl http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/

◇平成17年12月21日和洋女子大学にて開催の
“ポエトリー・リーディング”
において行った朗読、「“Frivolous Cake”ー“浮気なケーキ”を読む」をアップロードしました。
http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/speech/cake/cake.html

◇“公開講座8” The Last Unicorn『最後のユニコーン』の世界
を追加しました。
http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/H17E_fest/eibun.htm

◇“公開講座9”:自分との共生
ジャンヌ・ダルクの影とナウシカの影 ―神や悪魔として現れるものたち
を追加しました。
http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/joan/joan.htm

◇論文、“アンチ・ファンタシーというファンタシーII:アンチ・ファンタシーの中のヒーロー(英雄)―『最後のユニコーン』のアンチ・ロマンス的諧謔性とファンタシー的憧憬”を新規公開中
http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/anti/antiromance.htm



00:00:00 | antifantasy2 | No comments | TrackBacks

27 April

Peter and Wendy 『ピーターとウェンディ』読解メモ 162


 The first thing he did on finding himself alone in the fast falling night was to tiptoe to Slightly's tree, and make sure that it provided him with a passage. Then for long he remained brooding; his hat of ill omen on the sward, so that any gentle breeze which had arisen might play refreshingly through his hair. Dark as were his thoughts his blue eyes were as soft as the periwinkle. Intently he listened for any sound from the nether world, but all was as silent below as above; the house under the ground seemed to be but one more empty tenement in the void. Was that boy asleep, or did he stand waiting at the foot of Slightly's tree, with his dagger in his hand?
 There was no way of knowing, save by going down. Hook let his cloak slip softly to the ground, and then biting his lips till a lewd blood stood on them, he stepped into the tree. He was a brave man, but for a moment he had to stop there and wipe his brow, which was dripping like a candle. Then, silently, he let himself go into the unknown.
 He arrived unmolested at the foot of the shaft, and stood still again, biting at his breath, which had almost left him. As his eyes became accustomed to the dim light various objects in the home under the trees took shape; but the only one on which his greedy gaze rested, long sought for and found at last, was the great bed. On the bed lay Peter fast asleep.

 俄に闇を深めつつある外気の中で一人きりになったところで、フックが最初に行ったことは、スライトリーの木のところまで忍び寄り、この木が彼の通路として利用できることを確認することであった。それから長い間、フックは思いを凝らして立ち尽くしていた。不吉の印である彼の帽子は草地の上に投げ捨てられ、流れて来た夜風が彼の髪を優しく揺らしていた。彼の心中の思いはどす黒いものではあったが、彼の青い目はニチニチソウのように淡い色をたたえていた。フックは、彼方から聞こえて来る物音にじっと聞き耳を立てた。しかし地下の部屋も、地上と同様に全く静まり返っていた。地下の子供達の隠れ家は、虚無の中にある住むものとてないもう一つの住居に過ぎないもののように思われた。あの餓鬼は、眠りに落ちているのであろうか。それとも短剣を振りかざして、スライトリーの木の根元で待ち構えているのだろうか?
 降りてみること以外に確かめる手立ては無かった。フックは静かに外套を脱ぎ捨て、赤い血が滲み出るまで唇を噛み締めると、木の中に足を踏み入れた。彼は恐れを知らぬ男であったが、一瞬そこで動きを止めると、蝋燭のように滴り落ちる額の汗を拭った。そしてそっと未知の世界へと身を任せたのである。
 フックは、邪魔立てするものもなく、縦穴の基部まで到達することができた。そこで再びフックは立ち止まり、喘ぐように息を継いだ。ほとんど呼吸もできない程の緊張だったのである。暗闇に目が慣れて来ると、地下の家の中の様々のものが姿を明らかにし始めた。しかしフックの貪欲な目が、長らく探し求めたものを遂に見つけ出して留められたのは、大きなベッドの上であった。このベッドの上に、ピーターは横たわってぐっすりと眠っていた。

 ピーターがいる筈の地下の隠れ家に忍び込むフックの姿は、不安と緊張に満ちた緊迫した様子で語られている。作者と読者の共感と理解は、明らかにフックの側にある筈なのである。ピーターにあっては全てがあっけらかんとあまりにも健やかに行われてしまうので、そこには同情や共感を感じる余地は全くない。ピーターと共にあって感じられるものがあるとすれば、それは迷惑と当惑だけの筈なのである。

用語メモ
 periwinkle:貝の一種(タマキビガイ)の名前でもあれば、花の一種(ニチニチソウ)の名前でもある。“periwinkle blue”といえば花のニチニチソウのような色のことを指し、この色は単に“periwinkcle”とも呼ばれるので、ここでは花の名であることが分かる。




◆和洋女子大学公開講座のお知らせ
 作品講読「ピーターとウェンディ」(Peter and Wendy)を読む

5月の毎週土曜日:5月6日、5月13日、5月20日、5月27日の4回、
2時から開催です。

連絡先:和洋女子大学 渉外課  047-371-1473

◇内容
 “ピーター・パン”の物語として有名な、『ピーターとウェンディ』を原文で読みます。実はあまり良く知られていない原作の哲学的な主題を、英語表現の鑑賞に気を配りながら読みとって行きます。4回という限られた回数で作品の全体像を把握するために、読解上の注釈を施したテキストを用意しました。インターネットで公開中の対訳とメモを活用し、質疑応答を通して要点を押さえながら、読解の作業を進めていきたいと思います。
 主題としては、意識内世界としてのネバーランドという場所、個人の内面心理を形成する疑似人格的要素としてのピーターとフックという人物像等について考察することにより、“世界”と“自己”という概念に対する再検証のあり方を試みるつもりです。これがファンタシー文学一般の中心的主題と考えられるものなのです。
 (インターネットの利用、コンピュータの操作等ができなくとも、受講には差し支えありません。)



◆「ミクシィ」でコミュニティ「アンチ・ファンタシー」を開設しました。
◇「最後のユニコーン」に関するSue Matheson氏の論文の解説等を行っています。
◇アニメーション版「最後のユニコーン」における視覚表現についての解説を公開中です。
◇ピーター・ビーグルに関する書誌データを公開中です。

http://mixi.jp/view_community.pl?id=427647

参加希望の方は、以下のアドレスにご連絡下さい。招待メールをお送りします。

kuroda@wayo.ac.jp



◆メインページurl http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/

◇平成17年12月21日和洋女子大学にて開催の
“ポエトリー・リーディング”
において行った朗読、「“Frivolous Cake”ー“浮気なケーキ”を読む」をアップロードしました。
http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/speech/cake/cake.html

◇“公開講座8” The Last Unicorn『最後のユニコーン』の世界
を追加しました。
http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/H17E_fest/eibun.htm

◇“公開講座9”:自分との共生
ジャンヌ・ダルクの影とナウシカの影 ―神や悪魔として現れるものたち
を追加しました。
http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/joan/joan.htm

◇論文、“アンチ・ファンタシーというファンタシーII:アンチ・ファンタシーの中のヒーロー(英雄)―『最後のユニコーン』のアンチ・ロマンス的諧謔性とファンタシー的憧憬”を新規公開中
http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/anti/antiromance.htm




00:00:00 | antifantasy2 | 17 comments | TrackBacks

26 April

Peter and Wendy 『ピーターとウェンディ』読解メモ 161


 Sufficient of this Hook guessed to persuade him that Peter at last lay at his mercy, but no word of the dark design that now formed in the subterranean caverns of his mind crossed his lips; he merely signed that the captives were to be conveyed to the ship, and that he would be alone.
 How to convey them? Hunched up in their ropes they might indeed be rolled down hill like barrels, but most of the way lay through a morass. Again Hook's genius surmounted difficulties. He indicated that the little house must be used as a conveyance. The children were flung into it, four stout pirates raised it on their shoulders, the others fell in behind, and singing the hateful pirate chorus the strange procession set off through the wood. I don't know whether any of the children were crying; if so, the singing drowned the sound; but as the little house disappeared in the forest, a brave though tiny jet of smoke issued from its chimney as if defying Hook.
 Hook saw it, and it did Peter a bad service. It dried up any trickle of pity for him that may have remained in the pirate's infuriated breast.

 フックはこの事実を充分に理解し、ようやくピーターの命運を我が手に握ったことを確信したのである。しかし彼の心中に浮かんだ見えざる奸計は、その口に発せられることは無かった。フックはただ身振りを用いて、虜囚を船に運び込むように手下共に指図し、そして自分は一人この場所に残ることを告げたのである。
 捕虜達をいかにして運ぶのが良いであろうか?ロープに丸く絡め込まれていた子供達は、樽のように斜面を転がしていくこともできた。しかしその先は湿地帯が続いていた。再びフックの優れた頭脳が、困難を解決した。彼は子供達が作った小さな家を、運搬手段に利用するように命じたのである。子供達はこの家の中に放り込まれた。四人のがっしりとした海賊が、これを肩にかついだ。他のもの達はその後に続いた。こうしておぞましい海賊の唄を歌い上げながら、この奇妙な一隊は森の中を抜けて行ったのである。子供達の誰かが泣き叫んでいたかどうかは分からない。そうであったとしても、海賊達の歌声で耳には聞こえなかった。しかしこの小さな家が木々の間に姿を消した時、煙突から小さくはあるがしかし元気一杯の煙が、あたかもフックに挑戦するかのように立ち昇った。
 フックはこの煙を目に止めた。そしてこれが、ピーターには不利に運ぶことになった。この煙は、凶暴な海賊の心中に僅かに残っていたかもしれない憐憫の念を、完全に断ち切ったのである。

 捕虜になった子供達を運搬する方法を案出するにあたって、再びフックの優れた知力に対する賞賛が語られている。おそらくこの評価を与えた根拠には、実利的な工夫に対してよりもむしろ、行動を意味ありげに演出する遊戯的な儀式を創出する能力に対する作者の深い共感があったことと思われる。

用語メモ
 儀式(ritual):実利上の要請が全く無いにも関わらず、敢えて様々の手間を設けて、場合によっては目的完遂の障害ともなりかねない諸事が、儀式と言われるものである。徹底的な遊戯と純粋な創造という観点からみれば、これに勝る興味深い行為の案出はあるまい。



◆和洋女子大学公開講座のお知らせ
 作品講読「ピーターとウェンディ」(Peter and Wendy)を読む

5月の毎週土曜日:5月6日、5月13日、5月20日、5月27日の4回、
2時から開催です。

連絡先:和洋女子大学 渉外課  047-371-1473

◇内容
 “ピーター・パン”の物語として有名な、『ピーターとウェンディ』を原文で読みます。実はあまり良く知られていない原作の哲学的な主題を、英語表現の鑑賞に気を配りながら読みとって行きます。4回という限られた回数で作品の全体像を把握するために、読解上の注釈を施したテキストを用意しました。インターネットで公開中の対訳とメモを活用し、質疑応答を通して要点を押さえながら、読解の作業を進めていきたいと思います。
 主題としては、意識内世界としてのネバーランドという場所、個人の内面心理を形成する疑似人格的要素としてのピーターとフックという人物像等について考察することにより、“世界”と“自己”という概念に対する再検証のあり方を試みるつもりです。これがファンタシー文学一般の中心的主題と考えられるものなのです。
 (インターネットの利用、コンピュータの操作等ができなくとも、受講には差し支えありません。)



◆「ミクシィ」でコミュニティ「アンチ・ファンタシー」を開設しました。
◇「最後のユニコーン」に関するSue Matheson氏の論文の解説等を行っています。
◇アニメーション版「最後のユニコーン」における視覚表現についての解説を公開中です。
◇ピーター・ビーグルに関する書誌データを公開中です。

http://mixi.jp/view_community.pl?id=427647

参加希望の方は、以下のアドレスにご連絡下さい。招待メールをお送りします。

kuroda@wayo.ac.jp



◆メインページurl http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/

◇平成17年12月21日和洋女子大学にて開催の
“ポエトリー・リーディング”
において行った朗読、「“Frivolous Cake”ー“浮気なケーキ”を読む」をアップロードしました。
http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/speech/cake/cake.html

◇“公開講座8” The Last Unicorn『最後のユニコーン』の世界
を追加しました。
http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/H17E_fest/eibun.htm

◇“公開講座9”:自分との共生
ジャンヌ・ダルクの影とナウシカの影 ―神や悪魔として現れるものたち
を追加しました。
http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/joan/joan.htm

◇論文、“アンチ・ファンタシーというファンタシーII:アンチ・ファンタシーの中のヒーロー(英雄)―『最後のユニコーン』のアンチ・ロマンス的諧謔性とファンタシー的憧憬”を新規公開中
http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/anti/antiromance.htm




00:00:00 | antifantasy2 | No comments | TrackBacks